インクルーシブな空港・観光・都市設計とアクセシブルツーリズムの研究

インクルーシブ推進・支援団体の取り組み

公開日  更新日 

ヒアリング先
中央大学研究開発機構 機構准教授 丹羽 菜生 氏

1. 研究全体像 -マイノリティの視点から実現するインクルーシブな社会-

中央大学研究開発機構の丹羽菜生准教授は、一級建築士としての専門的知見と「当事者との対話」を軸に、インクルーシブな都市空間・建築環境の実現に向けた研究を進めています。

丹羽氏の研究領域は大きく二つに整理されます。第一は「公共交通機関におけるユニバーサルデザイン」です。空港などの公共施設におけるバリアフリー整備や、人的支援、情報提供の現状について、障害当事者や関係機関と連携しながら調査・検証を行っています。

第二は、「外見からは分かりにくい障害(invisible disability)をめぐる課題の解決」です。発達障害、認知症、高次脳機能障害など、外見からは把握しにくい特性を持つ人々が、移動や観光において直面する不安や障壁を可視化し、その軽減に向けた環境整備を検討しています。

丹羽氏は、「マイノリティの視点から環境を見直すことは、結果としてマジョリティにとっても分かりやすく、使いやすい環境づくりにつながります」と指摘します。このようなインクルーシブデザインの考え方を基盤として、多様性と包摂性が尊重される共生社会の実現を目指しています。

(参考:中央大学産学官連携プラットフォーム「丹羽菜生」研究者ページ)

丹羽 菜生

2. 日欧米の空港における施設ユニバーサルデザイン調査

丹羽氏は、中央大学研究開発機構の秋山哲男教授が推進するプロジェクトの一環として、(公財)交通エコロジー・モビリティ財団(以下、エコモ財団)や(一社)全国空港事業者協会、民間企業等と連携し、国内外の空港におけるユニバーサルデザイン(UD)の実態調査を継続的に実施しています。

調査対象は、羽田空港・成田空港のほか、欧米の空港(ヒースロー、コペンハーゲン、ロサンゼルス、サンフランシスコ)、さらに国内の地方空港に及びます。

この調査の特徴は、スロープの設置などの移動空間に関わるハード面だけでなく、情報提供、人的支援、環境への配慮といった要素を含め、多角的な視点から現状を整理している点にあります。具体的には、「交通アクセス」「移動空間」「建築設備」「人的支援」「WEB・情報」「取り組み」の6つの観点から分析を行い、日本の現状と課題を体系的に整理しています。

空港のユニバーサルデザイン

https://www.ecomo.or.jp/barrierfree/report/data/2020_09_airportud.pdf

 

空港のユニバーサルデザイン 2

https://www.ecomo.or.jp/barrierfree/report/data/2022_08_airportud.pdf

 

「多様な障壁」の実態

丹羽氏らの調査により、利用者が直面する障壁は単なる段差などの物理的要因にとどまらず、多様な側面に及ぶことが示されています。車椅子使用者や視覚障害者など、外から支援ニーズが把握しやすい障害へのバリアフリー整備は一定の成果を上げている一方で、発達障害、認知症、高次脳機能障害といった「外見からは分かりにくい障害(Hidden / Invisible Disability)」に関連するニーズや社会的障壁への対応については、国際水準と比較して改善余地が大きいとしています。

例えば、以下のような課題が挙げられています。

・視覚・聴覚的負担:広告の過多によるサインの埋没(情報ノイズ)、錯視(ポップアップ現象)を生じさせる床デザイン  、複数の館内放送の重複による聴覚的ストレス 

・心理的負担:未体験の保安検査に対する強い不安、予測困難な状況への適応の難しさ 

 

これらの課題に対する取組は、空港事業者、研究機関、障害当事者、支援団体等との共同研究・共同実践として進められています。

成田国際空港では、空港独自の建築デザインルールが作成されるなど、空間全体の分かりやすさやデザインの質を高める取組が進められています。

また、羽田空港第3ターミナル(東京国際空港ターミナル㈱)では、障害当事者参加による避難訓練の実施、視覚障害の方に向けた空港施設に関する点字マップ、発達障害や感覚特性などから空港利用に不安がある人に向けたセンサリーマップを含んだ『羽田空港体験サポートブック(第3ターミナル用)』などが作成されています。

さらに、発達障害や感覚特性のある人を対象とした視線計測や心拍変動データ等を用いた調査も、空港事業者や関連機関との共同研究として実施されています。空港環境の設計やデザインが利用者の不安や負担感に与える影響について、実証的な分析が進められています(JSPS科研費22K04477他)。

 

 

 

羽田空港体験サポートブック 第3ターミナル編
https://tokyo-haneda.com/site_resource/service/pdf/barrier-free_initiatives_hnd_airport_story_for_terminal3.pdf

国際的な潮流:ひまわりストラップとインクルーシブ設計

海外では、発達障害を含むInvisible Disabilityを支援する取組が広がっています。その代表例の一つが、ロンドン・ガトウィック空港で始まった「ひまわりストラップ(Sunflower Lanyard)」です。

ひまわり模様のストラップを身に着けることで、外見からは分かりにくい障害や困難があり、必要に応じて支援や理解を求めたいことを周囲に伝える仕組みです。これは、ファストトラックのような優先的なサービスを受けるためのものではなく、必要なときに声をかけてもらえる環境をつくることを目的としています。

こうした取組では、スタッフに対しても、相手の話をよく聞くこと、決めつけずに接すること、必要に応じて支援を申し出ることなど、ソフト面での支援が重視されています。

このひまわりストラップは、一部の国や地域では、見えにくい障害を示すシンボルとして制度的に位置づける動きもみられ、空港にとどまらず、交通機関、商業施設、医療機関、文化施設などへと広がっています。

また、海外の一部空港では、感覚過敏のある旅客のために、一定時間帯の館内BGMや照明を抑える「Quiet Hour」や、落ち着いて過ごすためのセンサリールームの設置など、環境面での配慮も進められています。案内放送を限定するサイレント運用なども含め、空港におけるインクルーシブ設計には多様なアプローチが生まれています。

(参考:ひまわりストラップ公式サイト https://hdsunflower.com

こうした国際的な動向を踏まえ、丹羽氏はエコモ財団と連携しながら、日本の空港におけるカームダウン・クールダウン室の環境調査や、海外のSensory RoomCalm RoomQuiet Roomの実態調査を進めています。

さらに、イギリスの「PAS 6463 Design for the mind」の日本語訳にも取り組んでいます。日本で導入されているカームダウン・クールダウン室といった分離型空間に加え、一般空間の中に配慮を組み込んだ統合型空間にも着目し、両者の役割や関係性について実環境下で比較検証を行っています(JSPS科研費25H00576)。

これらの調査を通じて、日本におけるインクルーシブな環境設計のあり方を検討しています。

3. 発達障害や感覚特性のある人々を対象にしたアクセシブルツーリズムへの取組 

■ 取り組みの背景と連携体制

ハード面の整備だけでは、障害特性によっては航空機利用に対する不安が十分に解消されない場合があります。特に、自閉スペクトラム症や感覚過敏などのある人にとって、空港の人混み、光、音、待ち時間、保安検査、搭乗手続き、予測しづらい状況は、大きな心理的負担になる場合があります。  

英国民間航空局による航空消費者調査においても、障害や健康状態のある旅客の中には、空港や航空機の利用に困難を感じている人が少なくないことが示されています。 

こうした背景のもと、発達障害や感覚過敏などのある人々の航空旅行支援に関する共同研究・連携プロジェクトでは、日本航空株式会社(JAL)、株式会社ジェイエア(J-AIR)、公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団、大阪大学大学院連合小児発達学研究科(片山 泰一、村田 絵美)などの関係機関が連携し、2022年度から2025年度まで継続的な取組が進められてきました。    

本取組は、航空会社や空港関係者、障害当事者、家族、支援者、研究者が協働しながら、航空機利用に対する不安の軽減と、本人や家族が安心して移動や旅行に参加できる環境づくりを目指すものです。

 

■ 事前搭乗体験会の内容と工夫

発達障害や感覚過敏などのある人の中には、「知らないことをする」「知らない場所に行く」「次に何が起こるか分からない」といった状況に強い不安を感じる人がいます。 

そのため本取組では、見通しを持ちやすくするための事前情報の提供と、求められる行動を分かりやすくするための「視覚的構造化」を重視し、写真、絵、動画、実際の体験へと段階的に移行するプログラム設計が行われています。 

搭乗体験会では、航空機利用の流れを段階的に理解できるよう、以下の内容を実施しました。

・第1回(訓練施設):空港近接の訓練施設において、チェックインカウンターや保安検査場を模したシミュレーションを体験。スタッフが手順を実演し、参加者が実際に試行。 

・第2回(空港・実機):スペシャルアシスタンスカウンターの見学、保安検査場体験、搭乗ゲート体験などを経て、実際の飛行機に乗り込む体験を実施。 

・各回共通の工夫:事前の資料送付と当日のスケジュールを大きな文字と写真で記した資料を用い、「これから何が起こるか」が視覚的に分かる環境の整備。

こうした事前体験により、空港での手続きや搭乗までの流れを理解しやすくなり、不安の軽減や予測可能性の向上につながることが期待されます。

 

今後の課題と展望

体験会後のアンケートでは、飛行機特有の加速度や突然の揺れへの不安など、体験会では経験できない要因に関する課題が残ることも確認されています。そのため、空港での事前体験に加え、機内での情報提供や、本人に合った対処方法の検討が今後の課題となります。 

ハード面の整備としては、空港内にカームダウン・クールダウンスペースに加え、一般動線の中においても、刺激から少し離れて落ち着ける環境を整備することも有効です。 

一方で、これらの空間は単なる子どもの遊び場ではなく、感覚刺激や不安を調整するための環境として位置づけ、利用目的に応じた設計・運用を行う必要もあります。 

 

日本では20244月から、改正障害者差別解消法により、民間事業者にも合理的配慮の提供が義務づけられました。交通・観光分野においても、障害のある人や多様な特性のある人々が安心して移動し、旅行に参加できる環境づくりがますます重要になっています。 

今後も、空港事業者や関係機関との連携のもと、多様な人々が安心して移動・滞在できるインクルーシブな空港・都市・観光環境の構築に向けた調査研究と実践的取組を継続的に展開していきます(JSPS科研費26K01120)。

コメント

  • 須藤 慎

    記事作成者

    株式会社キャンパスクリエイト・専務取締役・プロデューサー

    本Webサイトの運営担当者です。2005年から、産学官連携や産業振興の業務に携わっています。

    コメント

    今回の丹羽先生のインタビューを通して、インクルーシブな都市づくり・地域づくりにおいて、日本にはなお改善の余地があることに気づかされました。
    空港という非日常の空間においても、利用者の特性によって感じる要望や不安は大きく異なります。車椅子利用者や視覚障害者に向けたバリアフリー整備は一定程度進んでいる一方で、発達障害や認知症など「外から見えにくい障害(invisible disability)」を持つ方への対応については、今後さらに検討していく必要があると感じました。床の色のデザインが錯視を引き起こすこと、広告の多い空間が情報過多につながること、保安検査の流れが分かりにくいことが旅行を控える要因となることなど、個々の場面に潜む障壁の細やかさに改めて気づかされました。インクルーシブな視点からの設計の見直しが、より多くの人にとって利用しやすい環境づくりにつながるのではないかと感じました。
    また、これまで海外の取組について深く考える機会は多くありませんでしたが、欧州アクセシビリティ法や、ひまわりストラップの普及などを通じて、外から見えにくい障害への配慮が国際的に広がりつつあることを知りました。日本の都市設計・空港設計においても、こうした動向を踏まえた検討が求められていると感じます。
    特に印象的だったのは、企業と連携して実施されてきたアクセシブルツーリズムの取組です。「知らない場所への不安」を軽減するために、段階的なプログラムが丁寧に設計されており、参加した発達障害のあるお子さんやご家族が、航空機利用に対する理解を深め、自信を高めていく様子が印象に残りました。
    丹羽先生の研究は、学術的な調査データと当事者の声を踏まえながら、より良い環境づくりに向けた視点を提示するものです。インクルーシブなまちづくりを考える上で、多くの方に知っていただきたい内容であると感じました。

    このコメントと投稿者はデジタル証明書(VC)によって真正性が保証されています。

    このコメントと投稿者情報は、「改竄されていないか」や「正当な投稿者か」などを暗号学的に検証できる〈Verifiable Credential(VC)〉によって保証されています。
    それらがシステム上で検証された後に記事にコメントとして表示されています。

    VCとは

    VC(Verifiable Credential)は、デジタル空間で「改ざんが検知可能」かつ「即座に検証可能」な証明書です。
    紙の証明書やPDFと異なり、暗号技術により真正性が数学的に保証されており、W3Cにより制定された国際標準規格です。

    本WebサイトのVC運用ポリシー