フィジカルインターネットとは――2040年の物流ネットワークを再設計する構想と、日本での実装ロードマップ
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はじめに
フィジカルインターネット(Physical Internet、PI)とは、インターネットがデータパケットを共通プロトコルで中継・配送するように、物理的な貨物を標準化されたコンテナや拠点ネットワーク、共通プロトコル上で動的にルーティングして配送する物流の将来構想です。荷主・物流事業者・倉庫が個別にネットワークを抱えるのではなく、共通の規格と情報基盤の上で輸送資源を流動化させることで、社会全体の物流効率を抜本的に高めることを目指しています。
日本では、経済産業省・国土交通省が中心となって2040年を見据えたロードマップが策定され、業界団体や荷主・物流事業者・研究機関を巻き込んだ実証が広がりつつあります。2024年問題で顕在化した輸送能力制約、2040年問題で予測される三重苦、CLO制度化による荷主責任の拡張といった構造変化と組み合わさることで、フィジカルインターネットは「遠い構想」から「中期で目指す実装目標」へと位置づけが変わってきました。
本記事では、フィジカルインターネットを「将来構想の解説」だけでなく、共同配送・倉庫DX・データ標準化と組み合わせた現在進行形の取組として捉え直し、概要、構成要素、日本でのロードマップ、実装に向けた留意点、産学連携の役割までを整理します。倉庫DXナビ編集部として複数の物流DX企業・倉庫運営者を取材し、また「倉庫DXオープンイノベーション推進プロジェクト ホワイトペーパー」やForbesJAPAN BrandVoice「CLO(物流統括管理者)が牽引する倉庫DX」での発信を重ねてきた立場から、できるだけ実務目線でお伝えします。
1. フィジカルインターネットとは何か
1-1. 概念の起源
フィジカルインターネットの概念は、2010年代初頭に欧米の研究者によって提唱されました。「インターネットが情報を効率的に配送できるのは、共通プロトコルと階層化アーキテクチャ、ルーターとパケットの標準化があるからだ。物理物流も同じ原理で再設計できないか」という発想が出発点です。物理コンテナの規格化、拠点ネットワークの共通化、貨物のルーティングプロトコルの標準化を通じて、輸送資源を社会全体で最適活用する世界を描いています。
1-2. 定義
フィジカルインターネットとは、標準化された物理コンテナ(モジュール)、共通の拠点ネットワーク、貨物のルーティングプロトコル、荷主・物流事業者・倉庫を結ぶ情報基盤を統合的に整備することで、貨物が動的にルーティング・中継されながら目的地に届けられる物流の将来像です。荷主が個別に契約する輸送関係を超えて、輸送資源そのものが共有・流動化される点が、従来の物流と本質的に異なります。
1-3. 共同配送との関係
共同配送がフィジカルインターネットの構成要素のひとつとして位置づけられることが多く、共同配送のプラットフォーム型運営を発展させた姿が、フィジカルインターネットだと捉えると理解しやすくなります。共同配送の論点については別稿「共同配送とは」で整理しています。
2. フィジカルインターネットの構成要素
2-1. 標準化された物理コンテナ
異なる荷主・業種の貨物を同じネットワーク上で扱うためには、コンテナの規格統一が前提となります。既存の標準パレット(T11等)の活用、新しいモジュール型コンテナの規格設計、温度帯別のモジュール統一といった取組が進められています。
2-2. 共通の拠点ネットワーク
幹線輸送の中継拠点、地域配送のデポ、ラストマイルのマイクロハブなど、複数階層の拠点ネットワークを共通利用できる形に整備していきます。物流不動産事業者、業界団体、行政、複数荷主の連携によって、地域単位・全国単位での共通インフラ化が進められます。
2-3. ルーティングプロトコル
貨物がネットワーク上を動的にルーティングされるためには、配送経路の決定、中継拠点の選択、輸送モードの切り替えなどを判断するプロトコルが必要です。組合せ最適化、強化学習、シミュレーションといった研究領域の成果が、このプロトコル設計に活用されます。
2-4. 情報基盤とデジタル連携
荷主・物流事業者・倉庫・行政を結ぶ情報基盤と、貨物追跡・拠点稼働可視化・需要予測・運賃計算などのデジタル機能が、フィジカルインターネットの神経系として機能します。データ標準化(伝票項目、商品コード、納品先コード、時刻表現など)と、API・EDIによる相互運用性が前提となります。当社のホワイトペーパーでも、現場系・情報系のデータ統合は倉庫DX全般のボトルネックとして位置づけており、フィジカルインターネット実装でも同じ論点が中心に来ます。
2-5. ガバナンスと商慣行
参加企業間の便益配分、責任分担、競争関係下での情報共有ルール、運賃配分などのガバナンス設計が、フィジカルインターネット実装の社会的・経済的成立性を左右します。ゲーム理論、メカニズムデザイン、契約理論の知見が活きる領域です。
2-6. 既存物流との違い
従来の物流は、荷主と物流事業者の個別契約に基づいて、固定的な輸送関係でネットワークが構成されていました。フィジカルインターネットは、これを共通プロトコルと共通インフラの上で動的に組み替える発想に転換するものです。インターネットがデータを「パケット化」して中継するように、貨物を「モジュール化」して中継するイメージです。この転換により、輸送資源の利用効率は飛躍的に高まる可能性がある一方、参加各社のビジネスモデル、契約形態、組織能力にも大きな変化が求められます。フィジカルインターネットは技術論であると同時に、業界構造を変える社会実装の話でもあります。
2-7. フィジカルインターネットを取り巻く政策動向
日本では、経済産業省と国土交通省を中心に、フィジカルインターネット実現に向けたロードマップが策定されています。標準パレット普及、データ標準化、共同物流プラットフォーム推進、業種別ロードマップ(食品、加工食品、消費財等)の策定など、具体的な施策が連動しています。物流総合効率化法、改正物流効率化法、ホワイト物流推進運動などの制度施策も、フィジカルインターネット実装の社会的基盤として機能します。CLO制度化はこの流れと連動しており、荷主企業が業界横断の共同設計に主体的に参加する制度的後押しとなっています。
3. 日本でのロードマップと取組
3-1. 2040年を見据えた政策フレーム
日本では、経済産業省・国土交通省を中心に、2040年を見据えたフィジカルインターネット実現に向けたロードマップが整理されてきました。標準パレットの普及、データ標準化、共同物流プラットフォームの推進、業種別ロードマップ(食品、加工食品、消費財等)の策定など、複数の柱で具体的な施策が進められています。
3-2. 業界団体・荷主企業の動き
日用品、加工食品、飲料、医薬品など、業種別の業界団体が中立的な立場で共同物流プラットフォームの構築を進める動きが広がっています。荷主企業の自主行動宣言、CLO主導の中期計画の中でフィジカルインターネット要素が組み込まれるケースも増えています。
3-3. 物流不動産・拠点ネットワークの整備
大型物流施設、地域配送拠点、マイクロフルフィルメントセンター(MFC)など、物流拠点の整備が進む中で、これらを共通利用できる形に発展させていく流れが見え始めています。物流不動産事業者と荷主・物流事業者・3PL事業者の連携が、ネットワーク共通化の現実的な経路となります。
3-4. デジタル基盤と標準化
データ標準化、API連携、EDIプロトコル整備、貨物追跡基盤の整備が、フィジカルインターネット実装の前提条件です。業界団体・行政・標準化団体・IT事業者の協働で、徐々に整備が進みつつあります。
3-5. 業種別の取組事例
業種ごとに、フィジカルインターネット要素の取組はそれぞれ異なる進捗を示しています。加工食品・飲料業界では、業界団体主導の共同物流プラットフォームと標準パレット普及が先行しています。日用品業界では、メーカー連携の幹線共同配送、店舗納品時間帯の調整、配送拠点の共同化が進んでいます。医薬品業界では、温度管理が必要な特殊性を踏まえた共同配送、トレーサビリティ基盤の整備が進んでいます。アパレル・EC業界では、共通プラットフォームを通じた繁閑差吸収、地域マイクロハブの活用が広がっています。業種を越えた事例を参照しながら、自社業種に適した先行事例を活用していく姿勢が、実装を加速します。
3-6. 国際動向
欧州では、ALICE(Alliance for Logistics Innovation through Collaboration in Europe)が中心となってフィジカルインターネットのロードマップを策定し、複数国にまたがる実証プロジェクトが進んでいます。米国では、トヨタ・ボーイング・ウォルマートなどがサプライチェーン共有化に取り組んでおり、3PL/4PL事業者を中心としたプラットフォーム化が進展しています。中国では、政府主導の物流デジタル化と全国統合プラットフォームの整備が高速で進められています。日本のフィジカルインターネット推進は、これらの国際動向と整合させながら、日本特有のサプライチェーン構造に適応する形で進められています。
4. フィジカルインターネット実装に向けた留意点
フィジカルインターネットは大規模で長期的な取組ですが、現在進行形の実装が広がっています。前向きに進めるための5つの留意点を整理します。
4-1. 共同配送・データ標準化から段階的に始める
フィジカルインターネット全体像を一気に実装することは現実的ではありません。まずは共同配送、データ標準化、共通プラットフォーム参加といった構成要素から段階的に着手し、成功事例を積み重ねていくアプローチが推奨されます。
4-2. 業界団体・行政との連携を活用する
業種別の業界団体、行政の補助制度、標準化団体の活動と連動させることで、参加合意の形成と初期投資の軽減が進みやすくなります。CLOが行政・業界団体との対話を継続的に持つことが、自社単独の発想に閉じない動きを生み出します。
4-3. CLOを結節点に据える
荷主企業側でCLOが選任され、サプライチェーン全体・産業エコシステム全体への視野を持つことで、フィジカルインターネット参加の意思決定が経営アジェンダとして扱われるようになります。CLO主導で中期投資ロードマップにフィジカルインターネット要素を組み込むことが、実装を加速します。
4-4. 競争と協調のバランスを設計する
フィジカルインターネットは、競合企業同士が同じネットワーク上で輸送資源を共有する取組です。共有してよい情報と共有しない情報の線引き、中立的な第三者による情報集約、便益配分の透明性など、競争と協調のバランス設計が成否を分けます。
4-5. 中長期視点で投資判断する
短期のコスト削減を主目的にすると、フィジカルインターネット参加は割に合わないことがあります。3〜5年、さらに長期の視点で、輸送能力の確保、CO2削減、レジリエンス強化、ブランド価値などの複合的な便益を評価することが推奨されます。フィジカルインターネットは、CLO制度化と並ぶ社会インフラ転換の取り組みであり、参加する企業がその過程で得る経験・データ・パートナー関係そのものが、長期の競争力源泉となります。
5. 産学連携が果たす役割
フィジカルインターネットの実装は、研究領域に深く接続しています。組合せ最適化、整数計画法、強化学習、メタヒューリスティクスといった最適化研究が、ルーティングや拠点配置の中核技術となります。需要予測には時系列解析、ベイズ統計、機械学習が、マッチング設計にはマッチング理論、オークション理論、ゲーム理論、メカニズムデザインが活用されます。物理モジュールの規格設計には、機械工学・包装工学・ロジスティクス工学の研究が関わります。情報基盤・データ標準化には、情報工学・通信工学の研究が必要です。さらに、参加企業間の協調行動や信頼形成を分析する社会科学の研究領域、持続可能性評価を行う環境経済学の研究領域、都市計画や交通政策の研究領域なども、フィジカルインターネットの実装を支える知見として重要性を増しています。
これらの研究シーズを、業界横断のフィジカルインターネット実装に橋渡しする役割は、産学連携の枠組みを通じて担うことができます。当社は広域TLOとして700テーマを超える産学官連携実績を有しており、フィジカルインターネットを含む業界横断の物流取組でも、研究シーズと現場課題の接続を継続的に進めています。先に紹介したホワイトペーパーや、Forbes記事で言及されている「倉庫DX推進AIの開発および参照データとナレッジベースの構築」は、フィジカルインターネット実装に活かせる知識基盤を業界横断で育てていく方向性を示す取り組みです。関連視点は「なぜなに産学官連携」でも継続的に発信しています。
5-A. キャンパスクリエイトが取り組む業界横断の連携
当社は、倉庫DXオープンイノベーション推進プロジェクトを通じて、複数の物流DX企業・研究機関・荷主・業界団体をつなぐ結節点として活動しています。フィジカルインターネット実装に向けたデータ標準化、共通プラットフォーム検討、業界横断の研究シーズ活用といった取組は、まさにこのプロジェクトの中核テーマです。広域TLOとして700テーマ超の産学官連携実績を持つ立場から、研究者と現場をつなぎ、業種・領域を超えた共同設計を後押しする役割を担うことが、フィジカルインターネット実装の加速に貢献できる領域だと考えています。
5-B. CLO主導でのフィジカルインターネット参画
CLO主導でフィジカルインターネット参画を進める場合、第一段階として共同配送やデータ標準化への参加から始め、第二段階で業界団体の共通プラットフォームへの参加、第三段階で全国・グローバル規模のネットワーク参画へと拡張していくロードマップが現実的です。各段階で得られる効果を経営層に可視化しつつ、中長期投資ロードマップに組み込むことで、企業単独では到達できない成果を段階的に実現できます。
6. フィジカルインターネット時代の人材と組織
フィジカルインターネットの実装は、技術や制度の話だけでなく、それを動かす人材と組織のあり方の変革でもあります。CLOや物流担当者は、従来の物流実務に加えて、データ分析、業界横断の合意形成、海外動向の理解、政策との対話、研究シーズの評価といった幅広い視野を持つ人材へと育成される必要があります。組織側では、サプライチェーンを横断して動ける部門設計、外部パートナーとの共同設計を運営する仕組み、業界団体・行政・研究機関との継続的な対話の場が必要になります。フィジカルインターネット参画は、企業の物流機能だけでなく、組織能力そのものを次世代型に進化させる契機として捉えることができます。
6-A. CLO・荷主・運送・倉庫それぞれの視点
フィジカルインターネットがもたらす変化は、関係者それぞれの立場で異なる意味を持ちます。CLOにとっては、自社サプライチェーンの最適化を業界全体の最適化へと拡張する機会となります。荷主企業にとっては、輸送能力の確保、コスト最適化、CO2削減、レジリエンス強化といった複合便益が得られる場となります。運送事業者にとっては、空車回送の削減、ドライバー稼働の効率化、新しい収益モデルの構築につながります。倉庫運営者にとっては、共同利用拠点としての位置づけ強化、稼働率向上、新しいサービス提供の機会が広がります。それぞれの立場で利得を共有できる設計が、フィジカルインターネット実装の鍵となります。
おわりに
フィジカルインターネットは、2040年を見据えた物流の将来像であると同時に、共同配送・データ標準化・拠点共通化・CLO制度化といった現在進行形の取組の延長線上にある実装目標です。社会インフラとしての物流を次世代に引き継ぐためには、業界・地域・領域を超えた共同設計が不可欠であり、フィジカルインターネットはその到達点を描く構想として機能しています。倉庫DXナビでは、フィジカルインターネット関連の制度・技術・事例・知見を、継続的に発信していきます。
よくある質問(FAQ)
Q1. フィジカルインターネットは現実に動いていますか。
全体像は実装途上ですが、構成要素である共同配送、データ標準化、共通プラットフォームは、業種別・地域別に多数の実証・本格運用が進んでいます。日本の政策ロードマップでは2040年を見据えた段階的実装が想定されており、現在は第一段階の実装期に位置づけられます。
Q2. フィジカルインターネットと共同配送の違いは何ですか。
共同配送は、複数荷主または複数物流事業者がリソースを共有する仕組みの総称です。フィジカルインターネットは、共同配送をさらに発展させ、標準化された物理モジュール、共通拠点ネットワーク、ルーティングプロトコル、情報基盤を統合した社会全体の物流システムを目指す将来構想です。
Q3. 中小荷主・中小物流事業者もフィジカルインターネットに関われますか。
業界団体や共通プラットフォームへの参加を通じて、規模に関わらず関与できる仕組みが整いつつあります。むしろ、中小事業者単独では難しい広域ネットワークの活用が、フィジカルインターネット参加の利点となる側面があります。
Q4. フィジカルインターネットへの参加にはどのような準備が必要ですか。
データ標準化(商品コード、納品先コード、伝票項目等の整備)、システム連携能力(API、EDI対応)、社内のCLO選任と意思決定プロセス、業界団体・行政との対話体制、中期投資ロードマップの策定、これらが基本的な準備項目となります。
Q5. フィジカルインターネットはいつ本格的に実装されますか。
業種・地域によって実装スピードが異なりますが、政策ロードマップでは2030年代に主要要素の実装が進み、2040年に向けた本格運用が想定されています。すでに一部の業種・地域では先行事例が動いており、CLO制度化を契機にさらに加速する見込みです。
Q6. フィジカルインターネットで既存の物流事業者はどう変わりますか。
物流事業者の役割は、単独契約に基づく輸送の提供から、共通ネットワーク上での動的な輸送実行者へと進化する可能性があります。3PL・4PL事業者は、プラットフォーム運営、データ連携、マッチング、ガバナンス支援などの機能を強化することで、新しい価値提供を実現する方向です。物流事業者自身が、フィジカルインターネットの構築に関与することで、将来の競争力を確保する経路が開けます。
Q7. フィジカルインターネット時代に求められるスキルは何ですか。
データ分析、サプライチェーン設計、業界横断の合意形成、複数主体との交渉、デジタル基盤の理解、持続可能性観点の統合などが、CLO・物流責任者・3PLマネージャーに求められるスキルとして重要性を増します。従来型の物流実務に加えて、経営・IT・政策・国際動向を横断的に理解する視座が必要となります。
本記事は、広域TLO(技術移転機関)として大学・研究機関と産業界を700テーマ超の共同研究で結んできた株式会社キャンパスクリエイトが運営する「倉庫DXナビ」編集部が、複数の物流DX企業・倉庫運営者・荷主企業への取材、ホワイトペーパー制作、Forbes JAPAN BrandVoice記事発信を通じて整理した論考です。編集方針・ファクトチェックポリシー・取材依頼は倉庫DXナビ 編集方針をご参照ください。
最終更新日:2026年4月21日
主要出典
- 倉庫DXオープンイノベーション推進プロジェクト ホワイトペーパー
- Forbes JAPAN BrandVoice「CLO(物流統括管理者)が牽引する倉庫DX」
- 経済産業省・国土交通省「フィジカルインターネット・ロードマップ」
- 日本ロジスティクスシステム協会 フィジカルインターネット関連報告
