フィジカルAIの中核技術『世界モデル』が製造業の現場を変える—株式会社エイシングの挑戦

基盤技術・サービス

関連分野・業種
製造

公開日 

ヒアリング先
株式会社エイシング代表取締役CEO 出澤 純一 氏

フィジカルAIの波が産業界全体に広がる中、その中核技術として注目を集めているのが「世界モデル」です。株式会社エイシングは、AI・機械・産業の三領域にわたる専門性を軸に、世界モデルの製造現場への適用を研究・開発する専門企業として独自のポジションを築いています。その取り組み内容をご紹介します。

 1. 世界モデルとは

世界モデルとは、「行動による状態変化(ダイナミクス)」をデータから学習し、世界の動き方そのものを獲得するAI技術です。センサーデータ(温度・電流・圧力など)などを入力として、「この条件で試したら将来の状態はどう変化するか」を予測できるシミュレーションが可能です。人間が「金属に電流を流すと発熱して膨張するはずだ」と想像するように、世界モデルは現場の物理現象をモデルの中に再現する能力を持ちます。

世界モデルは、従来のAI(統計データ駆動型)と物理式シミュレーター(例:Simulink)とは異なる強みを持つ補完技術です。従来のAIはデータ内の表層的な相関を学ぶため、学習範囲外の予測に弱い一方、物理式シミュレーターは計算コストが膨大でリアルタイム実装が困難です。それに対して世界モデルは、センサーデータのみから物理法則を自身で「学習」し、物理式シミュレーターと比較して大幅に少ない計算コストで高速なシミュレーションを実現できます。

 

エイシングが特に重視しているのは、一般的な世界モデル(NVIDIA Cosmos等に代表される、主に画像データを用いたロボティクス分野でのアプローチ)とは異なる、製造・加工プロセス専用の世界モデルです。塗装工程の品質ばらつき、溶接ピッチの変動など、ミクロなレベルで起きる複雑な物理化学現象を対象とし、電流値・電圧値・膨張量など「現場の生データ」から学習する点が最大の特徴です。

 2. 世界モデル×フィジカルAIで実現できること

フィジカルAIとは、現実世界の物理的な環境を理解し、それに基づいて行動や操作を行う能力を持つシステムです。自然言語を理解するLLM(大規模言語モデル)が「言語」を理解するのと同様に、フィジカルAIは「物理現象」を理解した上で制御まで行う点が革新的です。世界モデルは、このフィジカルAIを効率よく実現するための根幹となる技術です。

具体的には、世界モデルを用いたフィジカルAIの適用により三つの大きな効果が期待されます。一つ目は「熟練技術の継承」です。スポット溶接などの熟練作業者の「動かし方」をデータ化し、他の作業者やロボットに再現できるモデルとして組織の基盤知識とすることができます。熟練者だけに依存する暗黙知が整理され、新人や後継者へのスムーズな技術継承を支援します。

二つ目の効果は「品質とコストの同時最適化」です。従来はトレードオフの関係にあった「品質向上」と「省エネ」を世界モデル内のシミュレーションにより同時に検討できるようになります。三つ目は「気づきの連鎖」です。今までスプレッドシートや目視で行っていたデータ解析を、世界モデルから得られた情報をもとに2次元または3次元のマップ上で可視化することで、「何か違う」という異常の発見が容易になり、そこから人間の深い解析と改善につなげていくことができます。

また、エイシングは「メカニズムモデル」と呼ばれる因果関係地図の整備から支援するコンサルティングアプローチを強みとしています。まずは現場の物理プロセスの因果関係を俯瞰する『図』を現場と一緒に作り上げてから、費用対効果を見極めた上で段階的な適用を進めています。この「コンサルテーション」が、実際の製造現場でのAI活用の定着率を高める重要な鍵となっています。

3. 世界モデル×フィジカルAIの利活用事例のイメージ

エイシングはすでに製造業の各工程で実績を持つ世界モデルの具体的な適用事例を複数持っています。

一つ目は、反応槽制御への応用です。反応槽内の温度・圧力・原料供給量などの時系列データを学習した世界モデルが、将来の反応槽の状態を高精度に予測し、最適な制御指令値を算出します。導入背景には、反応に数日間を要するプロセスにおいて、失敗が発生すると一度に数千万円単位の損失が生じるという重大なリスクがありました。熟練オペレーターの暗黙知をモデル化し、仮想空間内で「温度・圧力などの条件を変えたらどうなるか」を高速でシミュレーションすることにより、管理者が安心して操作を決められる環境を構築できます。

二つ目は、自動車塗装工程の品質変動解析です。塗装工程は国内外の自動車メーカーにとって長年の課題であり、品質のばらつき原因が未解明のままの事例が世界的に多く存在します。エイシングはこの課題にも取り組んでおり、電着工程から中塗り・上塗りまで各工程のプロセスデータを統合的に分析し、品質低下の発生メカニズムを地図上で見える化する取り組みを進めています。

三つ目は、ロボット制御への応用です。スポット溶接などの複雑な製造工程では、熟練作業者のティーチングに大きなコストがかかっていました。世界モデル内に、ロボットアームの姿勢や制御指令値などを入力することで、「この姿勢でこう動かすと対象材の物理的状態がこう変化する」というシミュレーションができるようになり、膨大なティーチング工数をかけずに目標品質を担保できる最適制御指令を仮想空間内で導き出すことが可能となります。

 

株式会社エイシング:https://www.aising.jp/

コメント

  • 須藤 慎

    記事作成者

    株式会社キャンパスクリエイト・専務取締役・プロデューサー

    本Webサイトの運営担当者です。2005年から、産学官連携や産業振興の業務に携わっています。

    コメント

    今回のヒアリングを通じて、「世界モデル」という言葉の持つ重みを改めて実感しました。人間が「金属に電流を流すと発熱する」と想像するように、AIが現場の物理現象を仮想空間上で再現する能力を持つという発想は、従来の「データから統計分析する」アプローチとは質的に異なるのだと感じました。
    特に興味深かったのは、エイシング様が持つ「AI×機械×産業」という複合領域の専門性です。エイシング様のエンジニアはAI・データサイエンスだけでなく機械工学のバックグラウンドを持ち、複雑な物理化学現象についても深い洞察を持っています。この「現場を知る」強さが、世界モデルを製造業でフル活用するときの大きな強みだと改めて実感しています。
    「現場データを使ってプロセスを改善する」というのは製造業で課題を抱えつつも解決が難しかったテーマですが、その道筋を具体化するための実践知と技術力の両方を備えたエイシング様のようなパートナーの存在は、製造業におけるDX推進の大きな推進力になり得ると思います。

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