波長可変光源による二光子STED超解像顕微鏡

技術・ノウハウの基本情報

組織・研究者 自然科学研究機構 生理学研究所
バイオフォトニクス研究部門 
生命創成探究センター(ExCELLS)
バイオフォトニクス研究グループ
根本 知己 教授
種類 大学の技術・ノウハウ
分野 医工連携/ライフサイエンス
概要 生きた細胞や脳組織を傷つけずに観察できる二光子励起顕微鏡は、分解能が300〜400nm程度に制限され、シナプスなど微細構造の観察が困難でした。超解像技術「STED法」との組み合わせでこの限界を超えられますが、従来は蛍光抑制光(STED光)の波長が装置ごとに固定され、使用できる蛍光色素が限られる課題がありました。本技術は、広帯域のスーパーコンティニューム光源を導入し、STED光の波長を640〜800nmで自在に選択できる二光子STED顕微鏡「2PE-scSTED」を開発。色素ごとに最適な波長を選べるようになり、従来使用が難しかった色素にも対応しつつ、45nm(二光子励起波長の約1/24)という世界最高クラスの空間分解能を達成しました。

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【簡略図】

【背景】

 脳内の神経細胞では、シナプス可塑性に伴い樹状突起スパインの形や大きさがナノメートルスケールで変化することが知られていますが、これを生きた組織内で観察するには、深部到達性に優れた二光子励起(2PE)顕微鏡が適しています。しかし通常の2PE顕微鏡は光の回折限界により分解能が300〜400 nm程度にとどまり、ナノスケールの構造変化を捉えることができませんでした。

 この限界を打破する手法として、蛍光抑制用のドーナツ状光(STED光)を重ねて照射することで回折限界を超える「STED法」が知られており、2PE顕微鏡と組み合わせた「2PE-STED顕微鏡」の開発が進められてきました。しかし、STED光源には特定の波長に固定されたレーザーが用いられることが多く、蛍光を効率よく抑制できる波長は蛍光色素の種類によって異なるため、実際に使用できる蛍光色素が限定されるという課題がありました。多波長を離散的に取り出せる光源や、遠赤色領域に限定されたチューナブル光源を用いた例もありましたが、任意の蛍光色素に対して波長を最適化できる汎用的な仕組みは実現していませんでした。

【技術内容】

 研究グループは、幅広い波長帯域を連続的に発生できるスーパーコンティニューム(SC)光源を蛍光抑制(STED)光源として組み込んだ新型二光子STED顕微鏡「2PE-scSTED」を開発しました。STED光の波長を640〜800 nmの範囲で任意に選択できるため、蛍光色素ごとに最も効率よく蛍光を抑制できる波長を実験的に探索し、最適条件下での超解像イメージングを行うことができます。

    1.装置構成 — 波長可変STED光源の統合

    ・二光子励起には、独自開発の1064 nm半導体レーザーによるパルス光源を使用しました。光ファイバー増幅器で最大4Wまで増幅し、一般的な蛍光色素の二光子励起に十分な強度を確保できました。

    ・STED光源には、パルスレーザー光を専用の光ファイバーに入射することで、可視域から近赤外域まで幅広い波長の光を生成することができるスーパーコンティニューム光源を採用。可変フィルター(バンド幅約20〜30 nm)を通すことで、640〜800 nmの任意の中心波長を選び出せる構成です。

    ・二光子励起光とSTED光のパルスタイミングは光ファイバー遅延線で精密に同期します。透過型液晶素子(tLCD)によりSTED光をドーナツ状のビーム形状に整形し、超解像に必要な焦点スポットを形成しました。

    2.蛍光抑制効率の波長依存性評価

    Nile red、Alexa Fluor(AF)568、AF546、AF532の4種類の蛍光色素について、640〜800 nmの範囲でSTED光波長を系統的に変えながら蛍光抑制効率を測定しました。その結果、色素ごとに蛍光抑制効率が最大となる波長が異なることが判明しました(下図)。特にAF568は、従来の固定波長(655 nm付近)のシステムでは抑制光による色素の直接励起(アンチストークス励起)が強く生じてしまい事実上使用できませんでしたが、本システムにより直接励起を避けられる最適波長(700 nm)を新たに見出すことができました。色素のストークスシフトが大きいほど抑制効率が高くなる傾向も確認されており、本システムは新規蛍光色素のSTED適合性を評価するツールとしても活用できます。

    波長ごとの蛍光抑制効率の測定結果

    3.超解像イメージングの実証

    ・直径20 nmのNile red蛍光ビーズでの検証

     通常の二光子励起像で390 nmだった分解能(半値全幅)が、2PE-scSTED像では102.8 nmまで向上(約3.8倍)しました。

    直径20 nm Nile redビーズの強度プロファイル。(左) 通常の2PE像(ガウス関数フィット、FWHM 390.4±2.7 nm)、(右) 2PE-scSTED像(ローレンツ関数フィット、FWHM 102.8±2.0 nm)。挿入図は元画像(スケールバー1 µm)。励起光3.6 mW、STED光2.0 mW。

    ・HeLa細胞の微小管(直径約25 nm)をAF568・AF546・AF532で標識して観察

     それぞれ最適波長でのSTEDにより66.2 nm、77.6 nm、68.9 nmの分解能を達成しました。

    HeLa細胞微小管の2PE像(左)と2PE-scSTED像(中央:AF568は700 nm、AF546は660 nm、AF532は640 nmのSTED光)、および破線部の強度プロファイル(右)。画素サイズ41.4 nm。

     画素サイズをさらに細かくした条件では、AF546標識の微小管で45.0 nmという二光子STED顕微鏡として世界最高クラスの空間分解能を達成しました。

    AF546標識微小管(画素サイズ20.7 nm)の2PE像・2PE-scSTED像と、ROI1/ROI2の強度プロファイル(FWHM 45.1±11.1 nm、45±7.3 nm)。励起光3.6 mW、STED光2.0 mW。

     最適な抑制波長を選べることで、従来よりも低い抑制光パワー(2.0 mW程度)で高い分解能を実現でき、光退色や光毒性の低減にもつながります。

    4.今後の展開

    ・長波長側(700 nm以上)のSTED光が利用できるようになったことで、生体組織による散乱・吸収の影響を受けにくい深部超解像イメージングへの応用が期待できます。

    ・スーパーコンティニューム光源から複数波長を同時に取り出す光学系と組み合わせることで、多色同時超解像イメージングへの展開が見込めます。

    ・蛍光寿命イメージング(FLIM)との組み合わせによる多色化など、さらなる発展も検討しています。

    【技術・ノウハウの強み(新規性、優位性、有用性)】

    ・世界最高クラスの空間分解能:二光子STED顕微鏡として45 nm(二光子励起波長の約1/24)を達成しました。

    ・蛍光色素の適用範囲拡大:STED光波長を640〜800 nmで連続的に選択できるため、従来使用が難しかった色素(AF568など)にも対応可能。原理上はほぼすべての蛍光色素に適用できる汎用性があります。

    ・低い抑制光パワーでの超解像実現:色素ごとの最適波長を使うことで抑制光パワーを抑えられ、光退色・光毒性を低減できます。

    ・シンプルな光源構成:励起用レーザー1台+SC光源1台の組み合わせで多様な色素に対応でき、複雑なシステム構成になりません。

    ・新規蛍光色素の評価ツールとしても活用可能:任意波長での抑制効率をその場で測定できるため、新規開発色素のSTED適合性評価にも応用できます。

    方式 STED波長 対応色素 空間分解能
    本技術(2PE-scSTED)

    640〜800nmで連続可変

    原理上ほぼ全色素(実証4色素) 45nm(世界最高クラス)
    従来の固定波長STED光源 単一固定波長 適合する色素のみに限定 〜100nm程度

    離散的多波長光源

    (SRS等)

    数波長のみ

    (離散的)
    離散波長に適合する色素のみ 装置構成による

    Ti:Sapphireチューナブル

    光源

    連続可変

    (主に遠赤色域)
    遠赤色系色素が中心 装置構成による

     

    【連携企業のイメージ】

    ・顕微鏡・光学機器メーカー:バイオイメージング用の光学機器・光源モジュールを開発・製造する企業。波長可変STED光源や関連光学系の実用化・製品化に向けた共同開発が考えられます。

    ・蛍光色素・試薬メーカー:蛍光プローブや抗体標識試薬を扱う企業。新規蛍光色素のSTED適合性(最適抑制波長・抑制効率)評価への協力や、超解像対応色素の開発支援が可能です。

    ・創薬・製薬、再生医療関連企業:細胞内微細構造やタンパク質局在を高精度に観察する必要がある研究開発部門。評価受託や技術指導による連携が検討できます。

    ・医療機器関連企業:深部生体イメージング装置など、医療応用を見据えた光源技術の展開を検討する企業との連携が考えられます。

    【技術・ノウハウの活用シーン(イメージ)】

    ・蛍光試薬メーカーでは、開発中の新規蛍光色素についてSTED波長適合性・抑制効率を評価し、超解像イメージング対応色素として製品ラインアップに加えることができます。

    ・顕微鏡・光学機器メーカーでは、波長可変光源モジュールを自社の二光子顕微鏡プラットフォームに組み込み、既存製品の高機能化・新製品化を図ることができます。

    ・創薬・製薬企業の研究部門では、疾患モデル動物の脳組織切片でシナプスや樹状突起スパインの微細形態変化を高分解能で定量し、薬効評価や病態解明に役立てることができます。

    ・医療機器メーカーでは、深部生体イメージングや術中診断への応用を見据え、長波長帯域を活用した光源技術のフィージビリティスタディを実施することができます。

    【技術・ノウハウの活用の流れ】

    1.お問合せ・ヒアリング:観察したい試料、対象とする構造などについてご相談ください。

    2.技術説明・フィージビリティスタディ:実機によるデモ観察や、対象色素の抑制効率評価を行い、適用可能性を確認します。

    3.共同研究の実施:装置の共同利用、技術指導、新規色素の評価データ提供など、目的に応じた連携を開始します。

    【専門用語の解説】

    ・二光子励起(2PE)顕微鏡:近赤外の超短パルスレーザーを用い、2つの光子を同時に吸収させて蛍光を発生させる顕微鏡。生体深部の観察に優れる。

    ・STED(誘導放出抑制)顕微鏡:ドーナツ状の光を重ねて蛍光を抑制することで、光の回折限界を超える空間分解能を実現する超解像顕微鏡法。

    ・2PE-scSTED:本研究で開発された、スーパーコンティニューム光源を統合した二光子STED顕微鏡システムの名称。

    ・スーパーコンティニューム(SC)光源:単一のレーザーから可視〜赤外にわたる非常に広い波長帯域の光を同時に発生させる光源。

    ・透過型液晶素子(tLCD):印加電圧により光の位相や偏光状態を制御できる素子。本技術ではSTED光をドーナツ状ビームに整形するために利用。

    ・半値全幅(FWHM):信号強度が最大値の半分になる幅のことで、顕微鏡の空間分解能の指標としてよく用いられる。

    ・ストークスシフト:蛍光色素が光を吸収する波長と、蛍光を発する波長との差。この差が大きい色素ほど、STED法での蛍光抑制効率が高くなる傾向がある。

    ・アンチストークス励起:本来吸収されるはずのない長波長の光によって色素が励起されてしまう現象。STED光による蛍光色素の直接励起の原因となる。

    ・フーリエリング相関(FRC):1枚の画像から統計的手法で実効的な空間分解能を評価する解析手法。

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