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技術移転の時代再到来へ 〜大学発スタートアップの現況をもとに占う〜

はじめに

近年、産学官連携を取り巻く議論の中心は「大学発スタートアップ」にあります。創出数の目標値、ユニコーン候補、調達ラウンド、政府の10兆円ファンド──こうした言葉が政策文書やメディアを賑わせる一方で、かつて産学連携の主役であった「技術移転」や「知的財産権収入」という切り口は、議論の主要なアジェンダからほぼ姿を消したように見えます。

しかし、その技術移転の動向を映す公的統計は、毎年きちんと公表されています。文部科学省が令和8年2月12日に公表した「令和6年度大学等における産学連携等実施状況について」は、大学発スタートアップを論じる私たちに、一度立ち止まって考えるべき示唆を与えてくれる内容でした。研究費受入額は過去最大規模に拡大する一方で、知的財産権等収入は大きく減少するという、一見矛盾したデータが並んでいます。

本稿では、令和6年度の実績データを起点に、知財収入72.6億円の背後にある事業化市場の規模を試算しつつ、日本の産学連携の今後のあり方を占います。結論を先に述べれば、私たちキャンパスクリエイトは、「大学発スタートアップ一辺倒」でも「従来型の技術移転回帰」でもなく、両者を組み合わせたポートフォリオ型の産学連携こそが最適解になると考えています。その理由を、データとともに紐解いていきます。

1. 令和6年度実績が示すパラドックス 〜伸びる研究費、縮む知財収入〜

まずは文部科学省「令和6年度大学等における産学連携等実施状況について」の数字を確認します。

令和6年度、全国の大学等(1,077機関、回答率98%)が受け入れた研究資金等(共同研究・受託研究・治験等・知的財産を含む)は、約5,313億円でした。前年度比で約593億円、12.6%の大幅増です。これは過去5年の推移で見ても、群を抜いた伸び率です(令和2年度 3,689億円 → 令和3年度 4,109億円 → 令和4年度 4,396億円 → 令和5年度 4,720億円 → 令和6年度 5,313億円)。

民間企業との共同研究に限っても、研究費受入額は約1,065億円(前年比3.6%増)、実施件数は32,093件(前年比2.9%増)となり、件数・金額ともに過去最高を更新しました。1件あたり1,000万円以上の大型共同研究は2,016件、その受入額は606億円にのぼり、民間との共同研究全体の56.9%を占めています。大学と企業の大型連携が、着実に積み上がっていることがわかります。

一方で、知的財産権等による収入(特許権・実用新案・意匠権・商標権・著作権・マテリアル・ノウハウ等の合計)は約72.6億円にとどまり、前年度から約9.5億円、11.5%の減少となりました。大学発ベンチャーの設立数も令和6年度中に新たに把握されたものが404社、現存するものは累計5,719社と、こちらも過去最高水準で推移しています。

整理すると、次のようになります。

  • 研究費受入額:6%増で過去最大(5,313億円)
  • 民間との共同研究:件数・金額とも過去最高(32,093件/1,065億円)
  • 大学発ベンチャー:現存5,719社で過去最高水準
  • 知財収入:5%減(72.6億円)

研究は伸び、企業との連携は深まり、スタートアップも増えている。それにもかかわらず、知財収入だけが逆行して縮んでいる──この非対称こそが、令和6年度実績が私たちに投げかける最大の問いです。

2. 知財収入72.6億円の内訳から読む「フロー収入の谷」

では、この知財収入減少は何を意味するのでしょうか。その内訳を丁寧に見ていくと、単純な「構造的停滞」では片付けられない複雑な動きが浮かび上がります。

令和6年度の知財収入72.6億円の内訳は、特許権が52.2億円(71.9%)、マテリアル(研究試料等)が9.8億円(13.5%)、その他ノウハウ等が6.5億円(8.9%)、著作権が3.0億円(4.1%)です。大学の稼ぎ頭は依然として特許権であり、次いで試料提供等のマテリアル収入がライフサイエンス系を中心に存在感を示しています。

注目すべきは、特許権実施等収入の内訳です。

  • ランニングロイヤリティ:4億円(前年比+14.2%
  • マイルストーン収入:8億円
  • イニシャルロイヤリティ:6億円(前年14.5億円から半減)
  • 株式等処分による収入:1億円(前年41.7億円から急減)
  • オプション契約:4億円
  • 不実施補償金:8億円
  • 譲渡:6億円

ここで浮かび上がる事実は重要です。契約締結時の一時金である「イニシャルロイヤリティ」や、大学発ベンチャーの上場時等に計上される「株式等処分による収入」といったスポット型のフロー収入が急減した一方で、実際の製品売上に応じて継続的に積み上がるランニングロイヤリティは14.2%増と堅調に伸びています。

つまり、「大学のライセンスビジネスが停滞している」のではなく、「既往のライセンス契約からのストック収入は着実に積み上がっているが、新規の大型契約や大学発ベンチャーからのExit収益が単年度で落ち込んでいる」という読み方ができます。令和5年度の株式等処分収入41.7億円は、特定大学発ベンチャーのIPOに伴う一時収入の影響が大きかったと推察され、その反動減が令和6年度の全体数字を押し下げた側面があります。

とはいえ、イニシャルロイヤリティの減少は、新規ライセンス契約の鈍化の可能性も示唆します。大学等の保有特許60,181件のうち、実施中(ライセンス中)の特許件数は23,420件、そのうち大学発ベンチャーへの実施は6,419件。大学発ベンチャーは特許の主要な受け皿の一つになりつつあるものの、1件あたりのライセンス収益性という観点では、まだ従来型の企業ライセンスの数字を押し上げる段階には至っていません。

3. なぜ大学知財はライフサイエンス・マテリアルに偏るのか

知財収入の内訳をもう一歩踏み込むと、分野別の偏在が見えてきます。特許権71.9%、マテリアル13.5%という構成から推察できる通り、大学知財の稼ぎ頭はライフサイエンス系(医薬・医療機器・試薬・バイオ試料)とマテリアル系(新素材・化学品)に強く偏っています。

これには二つの理由があります。

第一に、大学の基礎研究とマッチングする市場特性です。ライフサイエンスやマテリアルは、基礎研究の成果がそのまま物質特許・用途特許として保護対象になりやすく、かつ長期にわたって独占的な収益を生む構造を持ちます。医薬品であれば承認後20年間(実質的にはパテントクリフまで10年前後)、新素材であれば用途展開に応じた継続ロイヤリティが期待できます。一方、情報通信やソフトウェア領域は、技術の陳腐化が速く、特許よりも「早く市場に出して囲い込む」スピード勝負になりがちで、大学の特許収入に結びつきにくい構造があります。

第二に、ライセンシー側の支払い能力です。製薬企業や化学メーカーは、R&D投資回収のビジネスモデルが確立されており、大学知財に対して相応のライセンスフィーを支払う経営慣行を持っています。経済産業省が毎年公表する「大学発ベンチャーデータベース」でも、業種別ではITが1,592社と最多である一方、バイオ・ヘルスケア・医療機器が1,434社と僅差で続いており、金額ベース(ライセンス収入や調達額)ではバイオ系が依然として重みを持ちます。

ただし、ここに日本特有の事業化の壁が横たわります。ライフサイエンス・マテリアル分野は、事業化に至るまでの規制コストが極めて高いのです。医薬品医療機器等法(薬機法)に基づく臨床試験・製造販売承認、GMP準拠の製造施設整備、医療機器のクラス分類別の認証、食品の機能性表示届出、化粧品の全成分表示義務、化学品のPRTR法や化審法への対応。これらの規制遵守コストは、多くの場合、製品上市までに数十億円から数百億円単位にのぼります。

つまり、日本の大学知財の構造は、「基礎研究の強みが活きる分野と、事業化のハードルが極めて高い分野が一致している」というねじれを抱えています。知財はあっても、それを実際に市場へ運ぶことができる主体が、結果として規制対応の資金と組織体制を持つ大手企業に限られがちになる。この構図が、長年にわたって日本の大学技術移転の土台を形づくってきました。

4. 72億円の裏にある約1,400億円の事業化市場

ここで一つの思考実験を行います。知財収入72.6億円が、どれだけの事業化市場を生み出しているのか、ざっくりと逆算してみましょう。

業界慣行として、ライセンス料率(実施料率)は分野やディールの性格によって幅がありますが、経験則的には売上高の3〜8%というレンジに収まることが多いとされます。ライフサイエンスではこれが高めに、エレクトロニクスでは低めに振れます。大学知財はライフサイエンス・マテリアル系が中心ですので、中位値として5%を当てはめてみます。

72.6億円 ÷ 5% ≒ 約1,452億円

これが、大学知財を起点として動いているライセンシー側の事業規模のラフな推計値です。大学に入る72億円の20倍の規模の市場が、大学発の知的財産権を土台に動いている、ということになります。

では、この1,400億円規模の市場は、誰が作ったのでしょうか。

  • 医薬品であれば、製薬企業が数百億円単位で投じる臨床試験投資
  • 医療機器であれば、メーカーによる製造品質管理、薬事申請対応、販売ネットワーク整備
  • 新素材であれば、化学メーカーのパイロットプラント、量産設備投資、サプライチェーン構築
  • マテリアルであれば、既存顧客基盤を活用したB2B営業組織と技術サービス網

大学はあくまで起点の知財を提供したに過ぎず、その先の「社会実装のラストワンマイル」は、既存の大手企業が持つ資金・製造・販路・規制対応・人材という事業化インフラによって担われてきた、ということです。

ここで改めて大学発スタートアップに目を向けると、同じ1,400億円規模の市場を自前で作り上げるのに、どれだけのハードルがあるかが見えてきます。

  • 資金:ライフサイエンス領域の上市まで、累計で数十億〜数百億円規模の調達が必要
  • 製造:GMP準拠の工場建設、品質管理組織の構築には最低数十億円
  • 販路:医療機関・流通への販売網、MRや技術営業の採用・育成
  • 規制対応:PMDAや厚労省対応の専門人材、治験実施責任組織(CRO連携)
  • 時間:医薬品なら10〜15年、医療機器でも5〜10年の開発期間

これらをすべてスタートアップ単独で賄うのは、構造的に極めて困難です。もちろん、バイオベンチャーの中には、一定段階まで開発を進めた上で製薬企業にライセンス・アウトする、あるいはM&Aで事業譲渡する、といった戦略で成功する例もあります。ただしそれは、「最終的に大手企業の事業化インフラに接続される」ことを前提にしたモデルであり、スタートアップ単独で1,400億円を作り切るのは、日本の産業構造ではほぼ現実解ではありません。

冒頭で提示した問いに戻ります。「大学発スタートアップの議論に、技術移転の数字が登場しない違和感」の正体は、ここにあります。スタートアップ創出数だけを見て「産学連携は伸びている」と総括することは、その裏で動いている1,400億円規模の事業化市場と、それを支える大手企業のインフラ投資を視界の外に置いていることに他なりません。両者は同じ「大学シーズの社会実装」という一つの営みの、別々の経路であって、どちらかを選ぶものではないのです。

5. 米国はなぜ技術移転とスタートアップを両立できているのか

この「両立」の先進モデルが、米国です。

米国大学技術移転協会(AUTM)のデータによれば、米国の大学・研究機関全体のライセンス収入(Gross licensing income)は年間およそ38億ドル規模(約5,700億円)で推移しており、累計で7,000社近い大学発スタートアップが現在も活動中とされています。ライセンス収入と起業数のどちらかが突出しているのではなく、両方を同時に積み上げているのが米国の特徴です。

この両立を可能にした制度的土台が、1980年のバイ・ドール法(Bayh-Dole Act)です。連邦政府資金で得られた研究成果について、大学に特許所有権と事業化の裁量を認めたことで、大学自身がライセンス収入を獲得するインセンティブが生まれました。その結果、スタンフォード大学のOTL(Office of Technology Licensing)、MITのTLO(Technology Licensing Office)、コロンビア大学のCTV(Columbia Technology Ventures)、ウィスコンシン大学のWARF(Wisconsin Alumni Research Foundation)、ハーバード大学のOTD(Office of Technology Development)といった、強力な技術移転組織が各大学に整備されました。

具体例を挙げます。

  • Google:スタンフォード大学の博士課程研究から生まれ、同大学OTLが取得した特許ライセンスと株式の両方で大学に巨額の収益をもたらしました
  • Lyrica(プレガバリン):ノースウェスタン大学の研究者が発明した鎮痛薬。ファイザーへのライセンスで同大学に数十億ドル規模のロイヤリティを還流
  • Gatorade:フロリダ大学の研究から生まれ、長年にわたりライセンス収入を同大学にもたらし続けている定番事例
  • Cohesity、Sun Microsystems、Cisco:スタンフォード・MIT・バークレー等を起点にスピンアウトし、事後的にもライセンス収益や株式還元を大学に供給

ポイントは、これらの事例に共通する構図です。米国の大学では、「ライセンスでの収益化」と「スピンアウトでの株式取得」を同時並行で追求する意思決定が、OTLのマネージャー裁量で行われています。どちらか一方に決め打ちするのではなく、案件ごとに最適な経路を選ぶ。これが、AUTMの数字に表れる「両立」の実態です。

翻って日本を見ると、政策の議論自体が「大学発スタートアップの創出数」にフォーカスしすぎ、技術移転・ライセンスの議論と切り離されています。2022年の「スタートアップ育成5か年計画」、10兆円規模の大学ファンド、経済産業省のディープテック支援──どれも重要な取り組みですが、文部科学省の産学連携実施状況調査で示される知財収入と共同研究の動向と、同じテーブルで議論される機会は多くありません。

米国が既に実装している「両輪モデル」を、日本の規制環境・資本市場・大学ガバナンスの特性に合わせて再設計すること。これが、令和6年度実績が示す方向性であると、私たちは考えています。

6. 大学発スタートアップの現在地 〜資金調達の崖〜

では、大学発スタートアップ単独路線の現実はどうなのでしょうか。

経済産業省「令和6年度大学発ベンチャー実態等調査」によれば、2024年10月時点で大学発ベンチャー数は5,074社、前年度から786社増で企業数・増加数ともに過去最高を更新しました。業種別ではIT(ソフトウェア・アプリケーション)が1,592社、バイオ・ヘルスケア・医療機器が1,434社と続きます。定義別では「研究成果ベンチャー」が44%、「学生ベンチャー」が28%で、大学の研究成果を直接の起点とするベンチャーが依然として主流です。

しかし、「数の伸び」の一方で、資金調達の実態には陰りが見えます。内閣府・経済産業省の各種資料では、日本のスタートアップ・エコシステムの課題として、以下が繰り返し指摘されています。

  • シード・シリーズAは手厚いが、ミドル・レイターが細い:政府の補助金・大学ファンド・GAPファンドにより初期段階は拡充されたが、シリーズB以降の大型調達が国内では集めづらい
  • 対GDP比のVC投資額が低水準:OECDの国際比較で日本のVC投資額はGDP比03%(G7諸国ではイタリアに次いで下から2番目)
  • 海外VCからの投資が少ない:グローバル市場進出に必要な大型レイター投資や海外資金の取り込みが限定的
  • IPO市場の構造:東証グロース市場での早期上場に依存しがちで、非上場のまま大型調達を続ける欧米型モデルが成立しづらい

特にディープテック領域(バイオ・医療機器・マテリアル・量子・宇宙等)では、基礎研究から事業化までに5〜15年の開発期間が必要になります。国内VCファンドの標準的な償還期間は7〜10年程度ですので、構造的なミスマッチが存在します。この結果、シリーズB、Cの段階で必要となる数十億〜数百億円の調達が、国内資金だけでは賄いきれず、パイプラインが途中で枯渇するか、早期に事業縮小を迫られるケースが増えています。

文部科学省の実施状況調査でも、大学発ベンチャー向けのファンド(VC等)を組成している大学は38機関(前年36)、関係ファンドの総額は約3,151億円、うち令和6年度中に実際に自機関ベンチャーへ出資された件数は105件・約118億円にとどまります。大学発VCファンドは拡大しつつありますが、その出資ペースはベンチャー数5,000社超という母数に対して、依然として限定的です。

「スタートアップ一本足打法では、日本の大学シーズを社会実装しきれない」──これが、データが示す現実です。

7. 研究費受入額の増加が示す「広義の技術移転」への回帰

ここで、最初のパラドックスに戻ります。知財収入が減っている一方で、なぜ研究費受入額は過去最大に拡大しているのでしょうか。

その答えの一つは、企業側が「シーズの譲渡(ライセンス)」から、「大学の研究・設備・人材の活用」という広義の技術移転へ、予算の重心を移していることにあると、私たちは考えます。

令和6年度の研究資金等受入額5,313億円の内訳を見ると、共同研究1,227億円(国費共同研究を含めると122,653百万円)、受託研究3,756億円(前年比+17.0%と大幅増)、治験等259億円、知財72.6億円。特に受託研究の伸びは顕著で、国からの委託研究が増えている側面はありつつも、民間企業からの受託研究も含め、大学の研究機能そのものへの需要が拡大していることが窺えます。

包括連携協定の状況も象徴的です。国内民間企業との包括協定は、令和5年度の754件から令和6年度は848件に拡大、1,000万円以上の大型包括協定も123件から165件へと大きく増加しました。大企業が個別プロジェクトではなく、大学との長期・包括的な関係構築に動いている姿が浮かび上がります。

同時に、オープンイノベーションの実践形態も変化しています。従来の「企業が大学特許をライセンスする」古典的な技術移転から、

  • CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)経由で大学発スタートアップに出資し、共同研究を同時進行
  • 大学との共同研究を通じて、企業研究者が大学の設備・データ・研究ネットワークを継続的に活用
  • クロスアポイントメント制度による人材交流(令和6年度、大学→企業への出向76人、企業→大学への受入416人)
  • 受託研究・共同研究をフックにした、将来的なライセンスやスピンアウトの両睨み

といった、より多層的なモデルが広がっています。特にクロスアポイントメント制度を導入した機関は270機関と過去最多で、年率5%ペースで拡大しています。大学と企業の境界線が、制度面でも実態面でも薄くなりつつあることの反映です。

この変化は、「大学の知を社会に渡す方法」が、単一のライセンス契約から、知・人・設備を包括的に共有するプラットフォーム型へと進化していることを意味します。知財収入の数字だけでは捉えきれない、新しい価値移転の回路が、確実に太くなってきているのです。

8. 技術移転の時代再到来 〜スタートアップとの併存モデルへ〜

以上のデータを踏まえて、私たちは「技術移転の時代が再び到来する」と考えています。ただしそれは、1990年代後半のTLO法制定期のような「大学から企業への特許ライセンス」という古典的なかたちへの回帰ではありません。大学発スタートアップという新しい経路と、従来型の技術移転・共同研究という経路が、併存しながら相互に補完する時代の到来です。

具体的な姿として、私たちが現場で感じているのは次のようなモデルです。

  • スタートアップと大手企業の早期提携:シード・アーリー段階から大手企業との共同研究や資本業務提携を組み込み、事業化インフラを早期に取り込む
  • スタートアップのM&A/ライセンス・アウトExit:IPOだけをゴールにせず、適切なタイミングで大手企業への事業譲渡・ライセンス契約へ移行する柔軟性
  • ハブとしての大学:スタートアップと大企業の両方と関係を持ち、共同研究・人材交流・知財ライセンスを同時並行で展開する大学が、イノベーションのハブになる
  • ライセンスとスピンアウトのハイブリッド:同一特許ポートフォリオをスタートアップにライセンスしつつ、非競合領域は大手企業に別途ライセンスする二段構え

米国の大学OTLが日常的に行っているこれらの運用を、日本型に再設計することが、これからの産学連携の実務課題になります。そこに必要なのは、スタートアップ支援担当・TLO担当・共同研究担当といった機能を横串で束ねる、ポートフォリオ型の技術移転マネジメントです。

私たちキャンパスクリエイトは、電気通信大学を母体とする広域TLOとして、これまで地域・分野横断で数百社の企業と大学をつなぐマッチングに携わってきました。スタートアップ支援と技術移転が別々の会議体で議論されるのではなく、同じテーブルで「この案件はスピンアウトが最適か、ライセンス・アウトが最適か、共同研究から始めるか」を判断できる体制こそ、日本の産学連携が次のステージに進むための鍵だと考えています。

おわりに:72億円の数字が示す羅針盤

令和6年度の知財収入72.6億円は、前年比で1割減少しました。この数字だけを切り取れば、「日本の技術移転は停滞している」と悲観的に解釈することも可能です。

しかし本稿で見てきた通り、その72.6億円の裏側には、ライセンシー側で動くおよそ1,400億円規模の事業化市場があり、さらに共同研究・受託研究・包括連携という「広義の技術移転」のパイプラインが、研究費受入額5,313億円という過去最大規模にまで拡大しています。同時に、大学発ベンチャーは5,719社を数え、そのうちの相当数が大学特許をライセンスした上で事業化を進めています。

一つの数字の増減だけを見て議論するのではなく、研究費受入額・共同研究件数・知財収入・ベンチャー創出数・ライセンス実施件数という複数の指標を一つのダッシュボードとして読み解くこと。そして、スタートアップと技術移転を二者択一ではなく、分野・開発段階・市場特性に応じて最適経路を選び分けるポートフォリオ発想に立つこと。これが、日本の産学官連携の最適解であると私たちは考えます。

技術移転の時代は、古い姿のままで戻ってくるのではありません。大学発スタートアップが切り拓いた新しい回路と接続した、より立体的な姿で再到来します。そしてその旗振り役として、広域TLOや産学連携の現場組織が担う役割は、これからますます重要になっていきます。

産学官連携の実務に携わる全ての関係者とともに、この新しい時代を作っていけることを、私たちキャンパスクリエイトは心から楽しみにしています。

 

【参考資料】

  • 文部科学省「令和6年度大学等における産学連携等実施状況について」(令和8年2月12日公表)

  https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/sangaku/1413730_00014.html

  • 経済産業省「令和6年度大学発ベンチャー実態等調査の結果(速報)」(2025年6月)

  https://www.meti.go.jp/press/2025/06/20250606004/20250606004.html

  • AUTM(米国大学技術移転協会)「Licensing Activity Survey」

  https://autm.net/surveys-and-tools/surveys/licensing-survey/

  • 内閣府「スタートアップ・エコシステムの現状と課題」(総合科学技術・イノベーション会議資料)