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日本成長戦略会議の創設に向けて。Web3、そしてDeSciの可能性を考える
はじめに:日本成長戦略会議の創設とその意義
2025年、日本の政府は「日本成長戦略会議」の創設を明言しました。これは、AIやデジタル技術、半導体など先端分野の成長戦略を官民で検討し、日本の産業構造を根本から変革するための司令塔となることを目指して創設されます。私たちキャンパスクリエイトは、産学官連携の現場に身を置く者として、この会議の創設に対して大きな期待と希望を持っています。
日本は今、人口減少や高齢化、グローバル競争の激化など多くの課題に直面しています。新しい成長のエンジンとなる技術や仕組みを社会に実装し、持続可能な発展を実現するためには、産学官が一体となった取り組みが不可欠です。日本成長戦略会議は、まさにその「起点」となり得る存在です。
本コラムでは、日本成長戦略会議の創設がもたらすインパクトへの期待、そして当社が注目するWeb3とDeSci(分散型科学)という新しい潮流が日本社会にどのような変化をもたらすのか、特にDeSciが普及した場合の社会インパクトイメージについて、現場の視点から分かりやすく解説します。より詳細に知りたい方は、下記のリリースをご参考ください。
【参考】
- 「DeSciの日本における社会実装方法の検討」を産学連携学会函館大会で発表しました:https://www.campuscreate.com/news/5311/
日本成長戦略会議に寄せられる期待と社会的背景
日本成長戦略会議の創設は、単なる政策決定機関の新設にとどまらず、日本の未来を左右する重要な転機だと考えています。なぜ今、日本成長戦略会議が必要なのでしょうか。その背景には、日本が直面する多くの課題が存在します。
まず挙げられるのは、グローバルな技術競争の激化です。AI、半導体、バイオテクノロジー、そしてWeb3など、世界は急速に技術革新を進めています。日本もこうした分野でリーダーシップを発揮しなければ、経済的にも社会的にも後れを取る可能性があります。
次に、人口減少と高齢化の進行です。労働人口の減少は、産業の活力を奪い、社会保障制度の持続性にも影響を及ぼします。新しい技術を活用した生産性向上や、社会課題解決型のイノベーションが求められています。
また、地方と都市の格差、大学や研究機関の資金難、病院経営の赤字、学費の高騰など、大学に関わる現場レベルでの課題も山積しています。これらは部分的な対策では根本的な解決が困難であり、社会全体の構造改革が求められます。
こうした課題を乗り越え、日本が持続的な成長を遂げるためには、官民の枠を超えた連携と、新しい技術や仕組みの社会実装が重要となります。日本成長戦略会議には、こうした「未来への扉」を開く役割を担うことを期待しています。
「新しい資本主義実現会議」から「日本成長戦略会議」へ転換されることで、「新たな成長領域を見出せるか」が最大の焦点です。日本は、従来型の成長モデルの限界や社会構造の変化を背景に、未来に向けた持続的な成長エンジンの創出が強く求められています。
このような中で、Web3政策の一層の推進が進む日本において、今まで十分に着目されてこなかった「DeSci(分散型科学)」は、まさに新たな成長領域の有力な候補です。DeSciは科学研究のあり方を根本から変革し、資金や知識の流通を活性化させることで、社会還元や地域イノベーションなど、多方面で新たな価値の創出につながります。DeSciの社会実装は、日本の未来を切り拓く成長戦略の中核となり得ると考え、本コラムを公開しています。
Web3とは何か:日本の政策的検討と最新動向
Web3――分散型インターネット革命の本質
Web3とは、インターネットの新しい形です。従来のインターネット(Web1.0、Web2.0)は、情報の受け手・発信者が限られていたり、一部の大企業がサービスやデータを独占してきました。Web3では、ブロックチェーン技術を使い、情報や価値のやり取りをみんなで分散管理する仕組みが生まれます。
これにより、個人が自分のデータや権利を自分で管理できるようになり、クリエイターや研究者、企業、一般市民がより自由に参加できる社会が実現します。金融、医療、教育、行政などさまざまな分野で、Web3の導入によるイノベーションが期待されています。
日本におけるWeb3政策の検討経緯と海外のWeb3動向
日本でもWeb3の社会実装に向けた議論が本格化しています。特に注目すべきは、2026年度の通常国会への提出が予定されている「暗号資産の申告分離課税導入」に関する動きです。これは、Web3時代の根幹を担う暗号資産(仮想通貨)の取引益に対して、現行の総合課税ではなく、株式や投資信託と同じく20%の分離課税を導入しようとするものです。
2025年現在、自民党のWeb3プロジェクトチーム(Web3ワーキンググループ)は、2026年度の制度実現を視野に入れた改正案の取りまとめを進めています。金融庁も2026年度税制改正要望にて、「暗号資産取引益への20%分離課税導入」や「損失繰越控除の創設」を正式に盛り込んでいます。
この分離課税導入によって、個人や企業が安心して暗号資産を活用できる環境が整い、Web3関連産業の発展やイノベーションが加速すると期待されています。Web3ワーキンググループは、税制だけでなく、NFT(非代替性トークン)やDAO(分散型自律組織)など新しい仕組みの法整備も視野に入れ、具体的な提言を進めている状況です。
また、政府はWeb3を「新しい成長戦略の柱」と位置付けており、民間企業やスタートアップ、大学・研究機関との連携を強化しながら、社会実装に向けた環境整備を急いでいます。
なお、2025年8月25日、「WebX」という国際Web3カンファレンスにおいて、石破茂氏が挨拶なされています(当時:内閣総理大臣)。Web3によるイノベーションへの政策的な重要性に言及するものであり、その期待と熱意を強く感じるものでした。
【参考】
首相官邸ホームページ:https://www.kantei.go.jp/jp/103/actions/202508/25webx.html
- コインポスト 石破内閣総理大臣「ご挨拶」|WebX2025:https://coinpost.jp/?p=644804
Web3は特に海外において普及が進んでおり、ビットコインの価格上下がニュースに取り上げられることからも、社会的認知度が浸透してきています。そして直近で大きな動きとして、2025年9月、米ナスダックは、株式のトークン化(デジタル証券化)を可能にするための規則改正を米証券取引委員会(SEC)に申請しました。これは、従来の株式をブロックチェーン技術を用いてトークン(デジタル資産)として発行・管理し、取引できるようにする取り組みです。
ナスダックは、株式トークンの取引開始に向けて具体的な準備を進めており、規則改正が承認されれば、株式市場の新たな形としてグローバルな金融イノベーションが加速すると期待されています。トークン化によって、取引の透明性や効率性が向上し、個人や機関投資家がより柔軟に資産運用できる環境が整う見通しです。
この動きは、Web3時代の金融インフラ整備の一環であり、日本におけるWeb3・DeSciの社会実装にも大きな示唆を与えるものです。日本でも株式のトークン化の具体的な動きが出ています。
【参考】
- ナスダック、株式トークン化へ規則改正をSECに申請-取引開始を準備:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-09-09/T2AK22GP9VD400
さらに、特筆すべき海外のWeb3の動きとして、2025年10月27日、米国の大手暗号資産取引所コインベースのCEO、ブライアン・アームストロング氏がスタートアップの資本政策に関する大規模構想を発表しています。
【参考】
- コインベースCEO「スタートアップの全ライフサイクルをオンチェーン化」構想を発表:https://www.gfa.co.jp/crypto/news/exchange-news/news-2192/?fbclid=IwY2xjawNtUVdleHRuA2FlbQIxMQABHhDMTrlMftB07AmvLka8_JaGWO4iP3m5Ss7LyrZ7OADXVW9cMTRDaYCsCuw6_aem_4IUpE_HUCuLM_sRuxS2_7A
コインベースCEO、オンチェーン資金調達で起業のあり方革新を構想 エコー買収で実現へ:https://coinpost.jp/?p=660995
「スタートアップの全ライフサイクルをオンチェーン化する」という構想は、従来の企業経営や資本市場の在り方に根本的な変革をもたらす可能性を秘めています。このリリースがいかに革新的か、そして日本が海外の動きに後追いすることのリスク、さらにDeSci(分散型科学)の重要性について、より深く考察したいと思います。
コインベースの構想が持つ革新性
まず、コインベースの構想の中核は「企業活動のあらゆるプロセスをブロックチェーン上で完結させる」点にあります。従来、スタートアップの成長過程は、エンジェル投資→ベンチャーキャピタル→IPO→公開市場での株式取引という段階を経てきましたが、これらはそれぞれ異なる法制度、仲介機関、国境の壁に阻まれてきました。情報の非対称性や透明性の欠如、資金調達の複雑さ、流動性の制限など、スタートアップの成長を阻害する要因は少なくありません。
しかし、ブロックチェーン技術を活用すれば、これらの障壁を一気に取り払うことが可能です。資金調達や株式発行、ガバナンス投票、報酬分配など、企業活動のすべてをスマートコントラクトによって自動化・透明化できるため、世界中の投資家や関係者がリアルタイムで参加し、資本や知識が流動的に循環する新しいエコシステムが誕生します。さらに、トークンによるインセンティブ設計や、DAO(分散型自律組織)によるガバナンスモデルも容易に導入できるため、従来の中央集権的な経営体制から脱却し、より民主的かつ効率的な企業運営が可能となります。
このような「全ライフサイクルのオンチェーン化」は、既存の金融・法制度の枠組みを超えるグローバルなスタートアップ支援基盤を構築するものであり、今後の産業構造やイノベーションのあり方を決定的に変えるポテンシャルを持っています。コインベースがこの領域に強いコミットメントを示したことは、世界のスタートアップ・投資市場に対して極めて大きなインパクトを与えるでしょう。
よりイメージを具体化するために、仮に将来、コインベースの構想が日本で実現されたとしたら、日本のスタートアップエコシステムがどのように変わるかを考えてみましょう。
日本のスタートアップエコシステムの主な課題
日本では、スタートアップの成長を阻む構造的な課題がいくつか指摘されています。 主なものは以下の通りです。
- 資金調達の難しさ:エンジェル投資家やベンチャーキャピタルの数が海外と比べて少なく、初期資金の調達が困難。
- 資本形成の非効率性:法的手続きや金融仲介が多く、資本政策や株式発行が煩雑で時間がかかる。
- グローバル展開の障壁:国内市場中心の事業展開が多く、海外投資家やパートナーとの接点が限られる。
- イノベーションの遅れ:新しい技術やビジネスモデルの社会実装・制度整備が海外より遅れる傾向。
- 投資機会の限定性:個人投資家が初期スタートアップにアクセスしづらい「適格投資家」規制。
コインベースの「オンチェーン化」構想がもたらす解決策
コインベースCEOの発表によると、スタートアップの法人化から資金調達、株式発行、上場までをブロックチェーン上で完結させることで、以下のような変革が期待されます。
(1) 資金調達の加速・効率化
スマートコントラクトを活用したオンチェーン資金調達により、銀行や弁護士などの金融仲介を排除し、世界中の投資家から直接かつ即座に資金を集めることが可能になります。
また、コインベースの「Echo」プラットフォーム統合により、数千億ドル規模のカストディ資産やグローバル投資家基盤へのアクセスが広がります。これは、日本のスタートアップが国内外の投資家からダイレクトに支援を受けられる環境を提供することに直結します。
(2) 資本形成・株式発行の透明化
オンチェーンで株式やトークンを発行・管理できるため、資本政策の設計や株主管理が自動化・透明化されます。これにより、従来の煩雑な手続きや情報の非対称性が解消され、スタートアップが迅速に成長戦略を描けるようになります。
(3) グローバル展開の容易化
ブロックチェーン上で事業を運営することで、国境を越えた資金移動や事業展開が容易になり、日本国内にとどまらず、海外投資家やパートナーとの連携が自然に拡大します。グローバルな資本流通・人材交流が加速し、日本発スタートアップが世界市場に挑戦しやすくなります。
(4) 投資機会の拡大と公平性
規制当局との連携や仕組みの工夫により、従来の「適格投資家」制度に縛られない一般投資家へのアクセス拡大が見込まれます。これにより、個人投資家でも有望なスタートアップの初期段階から参加でき、資産形成やイノベーションへの参画機会が広がります。
日本の課題解決への具体的なインパクト
■ スタートアップの数と質の向上
資金調達のハードルが下がり、事業開始までのスピードが劇的に向上することで、起業家の挑戦が増え、スタートアップの数と質の両方が底上げされます。
■ イノベーションの促進
資本形成が効率化され、グローバルな資本・人材と接続できるため、技術革新や新規事業の社会実装が加速します。特にWeb3、DeSci、AIなど先端分野での競争力強化に直結します。
■ 社会的包摂と公平性の向上
投資機会の拡大により、従来の資本市場では参加しづらかった個人や地方の起業家・投資家も、イノベーションの担い手として活躍できるようになります。
■ 日本発グローバル企業の創出
オンチェーン化されたエコシステムは、国際的な資本流通や事業展開を前提に設計されているため、日本発のスタートアップがグローバル市場で成功しやすい環境を整備できます。
このような仕組みが日本でも実現すれば、スタートアップエコシステムの根本的な課題解決に大きく貢献することが期待されます。イメージは沸いたでしょうか?このようなエコシステムの機能不全を解決していくという視点がそもそも重要だと考えており、DeSciを「産学官連携のDX」と当社が位置付けているのは、産学官連携エコシステムの機能不全を改善することに繋がると期待しているためです。
海外が主導する中で後追いになるリスク
こうした革新的な取り組みが海外、特に米国で強力に推し進められている現状において、日本が後追いの姿勢で臨むことは、グローバル競争力の低下につながる重大なリスクを孕んでいます。最終的にDeSciを政策的に推進するかの判断はともかくとして、そもそもDeSCIという単語を知らない、コインベースの構想が仮に実現した際の莫大なソーシャルインパクト性を感じ取れない、という状況であるとどうしても後追いになるリスクが高まります。スタートアップの成長支援や資本市場のイノベーションは、今や国境を越えた競争の舞台となっています。米国や欧州では、規制の整備や産業界・政府の連携が急速に進み、Web3、DeFi、DeSciなどの先端領域で次々と新しい事業モデルが生まれています。
もし日本が制度設計や社会実装の面で遅れを取れば、国内の起業家や研究者はグローバルな資本や人材の流れから取り残され、国際競争力を失うことになりかねません。さらに、イノベーションの主導権を海外に握られることで、日本発の技術やサービスが世界市場で埋もれてしまう可能性も高まります。これまで日本は技術力や研究開発力で世界をリードしてきた側面がありますが、制度や仕組みの面で後手に回ると、その強みを十分に活かしきれなくなります。
現実として、Web3やDeFiの分野では米国やシンガポールが先行しており、スタートアップの資金調達や事業展開の自由度が日本よりも高い状況です。こうした潮流を正しく捉え、積極的に対応しなければ、グローバル市場での存在感を維持することは困難です。
日本成長戦略会議が、こうした新しい技術・仕組みを官民連携で推進する司令塔として機能すれば、日本の失われた30年を覆す非常に大きな成果を生み出すと期待しています。海外事例の後追いではなく、積極的に制度設計や社会実装を進め、日本発のイノベーションを世界に示すことが、今後の産業競争力や持続的成長のために不可欠です。DeSciやWeb3、オンチェーン企業活動など、先端分野における挑戦を支援し、グローバル市場での主導権を確保するためにも、今こそ関心と行動が求められています。日本が世界のイノベーション潮流に乗り遅れることなく、むしろリードする存在となるためには、現状に甘んじることなく、積極的な情報収集と議論、そして実践が不可欠です。コインベースの革新的な構想やDeSciの新しい可能性を真摯に受け止め、未来志向の政策と社会実装を進めていくことが、次世代の成長戦略に繋がると考えています。
DeSciへの関心と可能性の探求が日本の推進力に
このような状況下で、日本が世界に先駆けてイノベーションを実現するためには、まずDeSciという新しいパラダイムに関心を持ち、その可能性を探究する姿勢が不可欠です。DeSciは、従来の研究資金調達や成果流通のあり方を根本から変える仕組みであり、研究者や支援者がトークンを通じて直接価値を共有できる点に大きな特徴があります。研究段階で得たトークンを、会社設立後に株式へ転換する仕組みは、学術成果と起業活動をシームレスに接続する新しい資本市場モデルを提示しています。日本の強みである基礎研究力や公的支援制度を活かしつつ、DeSciの仕組みを積極的に取り入れることで、国内外の研究者・起業家が新しいチャレンジに踏み出しやすくなります。何より重要なのは、「まず関心を持つこと」です。制度や社会の変革は一朝一夕には実現しませんが、DeSciの可能性を知り、議論を始めることで、徐々に推進の道が開けていきます。産学官連携や政策提言、規制緩和など、様々なステークホルダーが協力し、未来志向のイノベーションエコシステムを構築することが求められています。
まさに、既存の金融の常識に囚われない変革が生まれつつあります。当社も、産学官連携の現場からWeb3の可能性を強く感じており、今後の制度改正や社会実装に大きな期待を寄せています。
DeSciとは何か:分散型科学の可能性と課題
当社は、産学官連携の現場で日々多くの研究者や企業、自治体と接しています。その中で、今もっとも注目している潮流のひとつが「DeSci(分散型科学)」です。DeSciは、Web3の技術や考え方を科学研究やイノベーション創出の現場に応用しようとする新しい動きです。
これまでの科学研究は、大学や研究機関、企業など、限られた組織が資金や設備を持ち、研究テーマを決めて進めてきました。資金調達の難しさ、研究成果の囲い込み、オープンイノベーションの遅れなど、現場には多くの課題がありました。特に日本では、大学の資金不足や研究者の待遇の問題、若手研究者の減少などが深刻になっています。
DeSciは、こうした課題を根本から解決する可能性を秘めています。DeSciの最大の特徴は、「誰もが科学研究に参加できる」「資金や知識が分散的に流通する」「成果がオープンに共有される」という点です。具体的には、ブロックチェーン技術を活用して、研究資金を世界中から集めたり、研究データや成果を誰でもアクセスできる形で公開したり、研究者同士が直接つながって共同研究を進めたりすることが可能になります。
例えば、ある病気の治療法を探す研究に対して、世界中の個人や企業が少額ずつ資金を提供し、研究成果に応じてリターンが得られる。社会全体が科学の進歩の恩恵を受けられる仕組みです。一方で、DeSciの社会実装には課題もあります。法制度の整備や知的財産権の保護、資金流通の透明性、研究者の評価制度など、従来の仕組みでは対応しきれない部分が多く、現場レベルでの調整や合意形成が必要です。技術的にも、ブロックチェーンの安全性や使いやすさ、データの管理方法など、まだ発展途上の部分があります。
しかし、DeSciが本格的に普及すれば、科学研究のあり方は大きく変わり、社会全体のイノベーションが加速していくでしょう。
DeSciの日本における社会実装方法の検討
当社は、2025年の産学連携学会函館大会で「DeSciの日本における社会実装方法の検討」について発表を行いました。
発表では、日本の現状に即したDeSciの導入モデルと、その社会インパクトについて具体的に議論しました。まず、日本の大学や研究機関は、資金調達の面で大きな課題を抱えています。入学金や授業料の値上げ、病院経営の赤字、研究者の待遇悪化など、個別の問題は多岐にわたりますが、これらを個別に解決しようとしても社会全体の構造的な課題にはなかなかつながりません。
そこで当社が提案したのは、「民間の内部留保や個人の貯蓄など、使われずに埋もれている資金を、DeSciの仕組みを通じて大学や研究機関に流す」という新しいモデルです。従来、日本の資金は海外の株式やビットコインなど、国内経済の成長に直接つながらない分野に流れることが多くありました。DeSciを活用すれば、個人や企業が日本の大学や研究機関に直接資金を提供し、その成果が社会全体に還元される仕組みが作れます。
函館大会では、こうした資金流通の新モデルを具体的にポンチ絵で示し、参加者の皆様と議論しました。例えば、大学の研究テーマに対して、企業や個人がブロックチェーンを通じて資金を出し、その資金が研究者に届く。研究成果が投資者および社会に還元されていく。結果として、大学の収入が安定し、研究者の待遇も改善され、イノベーションが加速する――こうした好循環を生み出すことが可能です。
資金面に留まらず大学発技術の社会実装の成果の観点で見ると、一定の成果は出ていますが、グローバルに展開して成功している事例は決して多くは無いというのが大きな課題です。大学発スタートアップの成否にも関わります。これには複数の根本的な課題があると考えていますが(話が長くなるので本稿では割愛します)、その一つに大学におけるグローバルなマーケティング活動やネットワークが欠けているという点が挙げられます。DeSciによるグローバルコミュニティが出来れば、大学の技術がグローバルに広がる大きな助けとなるでしょう。
また、DeSciの仕組みは、地域の課題解決にも応用できます。地方自治体や企業、住民が自らの課題に即した研究テーマを設定し、資金を提供することで、地域独自のイノベーションが生まれます。これは、従来の中央集権的な資金配分モデルから、分散型・参加型のモデルへの大転換です。特に、「日本成長戦略会議」において「産業クラスター」が改めて形成されるのであれば、DeSciとは非常に親和性が高い政策となるでしょう。
かつての産業クラスター政策は成功したとは一概には言えません。グローバルな国際競争力の低下や人手不足、関税等も踏まえると、過去の政策当時よりも状況は悪く、同じことを行ったとしても失敗に終わるリスクが高まります。DeSciなど、デジタル技術を最大限活用することが産業クラスター政策の成否を分けると、経験上、考えています。
当社の発表では、こうしたDeSciの社会実装モデルを「日本型DeSci」として提案し、多くの参加者から大きな関心と期待の声をいただきました。今後は、法制度や技術の整備、社会的な理解促進など、現場レベルでの具体的な取り組みを進めていく必要があります。
日本でDeSciが普及する社会インパクトイメージ
ここで、当社が描く「日本でDeSciが普及した場合の社会インパクトイメージ」について、産学連携学会函館大会で発表した資料の一部である下記の図をもとにご説明します。
「埋もれた資金」が大学・研究機関への資金流入につながることで社会を変える
日本には、民間企業の内部留保や個人の貯蓄、使われずに眠っている資金が膨大に存在します。
日本企業の内部留保は近年増加傾向にあり、2023年度には過去最高額を更新するなど、その規模は膨大です。しかし、その多くが設備投資や研究開発、人材育成などの成長分野への積極的な投資に十分活用されていないという課題があります。企業は将来不安や経営リスクへの備えとして現金や預金を手元に残す傾向が強く、結果としてイノベーション創出や新規事業への資金流入が限定的となっています。この現状は、日本経済の成長力や競争力の低下を招く要因ともなっており、内部留保の有効活用が長年の課題とされてきました。
また、日本では個人の金融資産、特に貯蓄が多く、2023年時点で家計の金融資産残高は約2,000兆円に達しています。しかし、その多くが預貯金として眠っており、積極的な投資や社会的価値創出につながりにくい現状があります。個人がリスクを避けて資産を動かさない傾向が強いことも、イノベーションや新規事業への資金流入が限定的となる一因です。
DeSciの仕組みを使えば、個人や企業がブロックチェーンを通じて大学の研究テーマに直接資金を提供できます。この資金は、研究者の待遇改善や研究設備の充実、若手研究者の育成などに使われ、大学の収入源として安定します。このような新しい資金循環モデルが普及すれば、企業の内部留保や個人の資金が大学や研究機関の先端的な研究活動に流れ込む道が開け、社会全体のイノベーション促進と経済活性化につながる可能性があります。企業や個人が自らの資産を通じて未来の科学や社会に直接貢献できる新たな選択肢が広がることは、成長戦略の観点からも非常に重要です。
地域イノベーションの加速とDeSciの可能性
近年、地方創生や地域活性化の重要性が高まる中で、地域が自らの課題を解決し、持続可能な成長を実現するための新しい仕組みが求められています。これまでの日本の研究開発や資金配分は、中央省庁や大企業が主導する中央集権的なモデルが中心でした。しかし、このモデルでは、地域ごとの多様な課題やニーズにきめ細かく対応することが難しく、画一的な政策や研究テーマに偏りが生じやすいという課題がありました。
DeSciの社会実装が進むことで、こうした課題に対する新たな解決策が生まれつつあります。地方自治体や地域企業、住民自身が、自分たちの抱える課題や将来の目標に即した研究テーマを主体的に設定し、資金を出し合うことが可能となります。
例えば、地方都市が抱える人口減少や高齢化、農業の担い手不足、地域医療の課題など、従来は国や大企業の研究開発の枠組みでは十分に取り上げられなかったテーマも、DeSciのプラットフォーム上で地域発のプロジェクトとして立ち上げることができます。地域の企業が内部留保を活用したり、住民が個人の貯蓄の一部を研究資金として提供したりすることで、資金調達の幅が広がり、地域独自のイノベーションが加速します。
また、資金提供者は研究の進捗や成果に直接アクセスできるため、透明性が高く、地域社会全体で研究活動を応援し、成果を享受できる仕組みが実現します。研究成果が地域の課題解決に直結することで、住民の生活の質向上や新たな産業の創出、地域ブランドの強化など、実際の社会的インパクトも大きくなります。
この分散型・参加型のモデルは、従来の中央集権的な資金配分モデルからの大転換です。資金や意思決定が地域に分散されることで、より柔軟で迅速な対応が可能となり、地域ごとの特色や強みを生かしたイノベーションが生まれやすくなります。さらに、地域住民や企業が自らの資金を活用して研究活動に参画することで、科学技術への理解や関心も高まり、地域社会全体のエンゲージメントが向上します。
今後、DeSciの普及とともに、こうした地域主導のイノベーションが全国各地で加速することが期待されます。分散型科学は、日本の地域社会に新たな成長の機会をもたらし、持続可能な未来を切り拓く重要な鍵となるでしょう。
社会全体の好循環
DeSciによる社会構造の再設計が進めば、大学の収入が安定し、研究者の待遇が改善され、イノベーションが加速します。新しい技術やサービスが次々に生まれることで産業の活力が高まり、社会全体が持続的に成長する好循環が生まれます。病院の赤字問題や学費の値上げといった課題は、大学附属病院や高等教育機関に関わるものとして、実際には大学の予算/収支という根本的な部分で互いに連動しています。こうした課題は、従来の中央集権型の資金調達や政策対応では限界があり、抜本的な改善には社会の基盤そのものを見直す必要があります。
学費の高騰という課題についても、DeSciによる分散型資金調達の仕組みが導入されれば、多様な奨学金や支援制度が拡充され、学生の経済的負担が軽減されます。これは単なる資金調達のメカニズムの刷新にとどまらず、教育・医療・研究などさまざまな分野で、既存の構造的矛盾や課題を根本から見直すアイディアが生まれる可能性を示しています。
産学官連携の現場において、現状、社会構造の土台から見直し、知と資金の流れを抜本的に変革できる手立ては、DeSci以外に見当たりません。
今こそ、社会全体が構造的課題の本質を見据え、DeSciのような新しい仕組みを積極的に受け入れ、実装していくべき時です。部分的な対症療法ではなく、根本から社会の仕組みを変えることで、大学・研究機関・産業界・地域社会が一体となり、持続的な成長と好循環を生み出すことができると、当社は強く確信しています。
DeSciによるスタートアップ振興と大学の知の社会還元
また、DeSciはスタートアップの振興や大学の知の社会還元においても、大きなインパクトをもたらすと考えられます。
まずスタートアップ振興の観点から見ると、従来の研究開発型スタートアップは資金調達の壁が非常に高いという課題を抱えていました。ベンチャーキャピタルや政府助成金への依存度が高く、資金調達の審査や条件も厳しいため、革新的なアイデアが埋もれてしまうケースも少なくありませんでした。DeSciの仕組みでは、ブロックチェーン技術やクラウドファンディング型の資金調達モデルを活用することで、研究者自身が研究テーマやプロジェクトの内容を直接社会に発信し、共感した個人や企業、自治体などから幅広く資金を集めることができます。この分散型の資金調達は従来の中央集権型モデルに比べて柔軟性が高く、挑戦的な研究や社会的意義の高いプロジェクトにも資金が流れやすくなります。さらに、資金提供者はプロジェクトの進捗や成果をリアルタイムで把握できるため、透明性や信頼性も向上します。これにより、スタートアップの立ち上げ前から資金面だけでなく、社会とのつながりやネットワークも強化され、事業立ち上げ後の成長スピードも加速します。
一方、大学の知の社会還元という観点でも、DeSciは大きな可能性を秘めています。日本の大学は世界的にも優れた研究力を持っていますが、研究成果が社会や地域に十分に還元されていないという課題があります。大学の研究資金は国や一部の企業からの助成に偏りがちで、現場の研究者が社会のニーズに応じたテーマ設定やアウトリーチ活動を行うための資金や仕組みが不足していました。DeSciのプラットフォームを活用することで、大学の研究者や学生が自らの研究テーマを広く社会に発信し、共感した市民や企業、自治体から直接支援を受けることが可能となります。これにより、大学の知が社会の課題解決や地域のイノベーション創出に直接結びつく仕組みが整います。資金提供者は研究の進捗や成果を透明性の高い形で把握でき、研究成果が社会に還元されるプロセスを実感できるため、科学技術への理解や関心も高まります。
さらに、大学とスタートアップ、地域企業、自治体がDeSciを通じて連携することで、産学官民の垣根を越えたオープンイノベーションが加速します。知識や資金、ネットワークが循環する仕組みが生まれることで、社会全体のイノベーションエコシステムが強化され、日本の科学技術力や経済競争力の向上にもつながります。
このように、DeSciはスタートアップ振興と大学の知の社会還元の両面で、従来の枠組みを超えた新たな可能性を拓く存在です。分散型・参加型の資金循環モデルは、社会全体のイノベーション促進に向けた重要な鍵となるでしょう。
DeSci社会実装に不可欠な多府省連携
DeSciの社会実装を日本で本格的に進めるためには、単に大学や研究者だけでなく、政府の多くの部門(多府省)との連携が不可欠です。
DeSciは、資金流通、知的財産、研究評価、税制、教育、地域振興など、さまざまな分野にまたがる仕組みです。例えば、大学への資金流入や研究成果の社会還元には、文部科学省だけでなく、経済産業省、総務省、内閣府、金融庁、地方自治体など、複数の行政機関の政策や法制度が関係します。
特に、資金流通に関する法制度や税制の整備は、金融庁や財務省の協力が不可欠です。暗号資産やブロックチェーンを活用した資金調達モデルは、従来の金融法規とは異なる新しいルール作りが求められます。また、研究成果のオープン化や知的財産管理には、知的財産権関連の省庁との連携が必要です。
さらに、地域イノベーションを加速するためには、地方自治体や地域振興を担当する省庁との協力も重要です。地方の課題解決型研究をDeSciで推進する場合、自治体が積極的に関与し、地域住民や企業との連携を図ることが求められます。
日本成長戦略会議が多府省との連携を強化しながら、Web3やDeSciに関する法制度や税制、研究評価、知的財産管理などの課題を総合的に解決していくことが、DeSci社会実装を大きく推進します。現場の声を政策に反映し、スピード感を持って制度設計を進めることがそのポイントとなるでしょう。
キャンパスクリエイトの役割と広域TLOとしてのDeSciへの期待
当社は、広域TLO(技術移転機関)として、産学官連携の現場に日々関わっています。DeSciの社会実装においても、現場からの視点で積極的に役割を果たしたいと考えています。
現場の声を社会に届ける
DeSciは、単なる技術革新ではなく、社会構造そのものを変える可能性を秘めています。しかし、現場の研究者や大学、企業、自治体のニーズや課題を正しく把握しない限り、制度設計が現実と乖離してしまうリスクがあります。私たちは、現場の声を丁寧に拾い上げ、社会や推進者に届ける「橋渡し役」としての使命を強く感じています。
当社は、全国の大学・研究機関・企業・自治体と幅広いネットワークを持っています。この強みを活かし、AIやWeb3等を活用するデータ駆動型産学官連携を推進していきます。DeSciはまだ新しい概念であり、一般の方々や企業、自治体の理解を深めるための啓発活動も不可欠です。私たちは、セミナーやワークショップ、コラム記事やSNS発信などを通じて、DeSciの可能性や社会インパクトを広く伝えていきます。現場からの情報発信を続けることで、社会全体の理解と参加を促進し、DeSciの普及を後押ししていきます。
まとめ:日本成長戦略会議とWeb3、そしてDeSciへの期待
日本成長戦略会議の創設は、日本の未来を左右する大きな転機です。Web3やDeSciといった新しい技術・仕組みは、従来の中央集権型から分散型・参加型の社会への転換を促し、科学研究やイノベーションのあり方を根本から変える可能性を秘めています。
特にDeSciは、埋もれた資金を大学や研究機関に流し、研究成果を社会全体で共有することで、産業の活力や社会の持続的成長を実現する「未来のインフラ」となり得ます。その社会インパクトは、大学の収入安定、研究者の待遇改善、地域イノベーションの加速、そして社会全体の好循環につながります。
しかし、DeSciの本格的社会実装には多府省連携や法制度・税制の整備、現場の声を反映した制度設計、社会的理解の促進など、乗り越えるべき課題も多く存在します。
日本成長戦略会議の発足を機に、Web3・DeSciの可能性を最大限に引き出すことで、日本が新しい時代のイノベーションを牽引する国となり、持続的な成長と社会の活性化を実現できるよう、当社は産学官連携の現場からDeSciの社会実装と日本の成長戦略に貢献するため、これからも挑戦を続けていきます。

