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「座布団」や「小石」になって法を考える? 早稲田大学法学部×VLEAPが挑む、メタバース時代の新しい「学び」と「産学共創」

はじめに

「法学部」の授業といえば、六法全書を片手に判例を読み解く、静謐な講義風景を想像する人が多いでしょう。しかし今、早稲田大学法学部では、VRゴーグルを装着した学生たちが、バーチャル空間で「座布団」や「小石」のアバターになり、熱い議論を交わしているといいます。

このユニークなあいおいニッセイ同和損害保険株式会社寄附講座「メタバースと法」を支えているのが、VR/AR技術で「五感の拡張」を目指すスタートアップ、株式会社VLEAP(ヴイリープ)です。

なぜ、法学教育にメタバースが必要だったのか。そして、大学、大手損保会社、スタートアップという異なる3者が、どのようにして「三位一体」の共創を実現したのか。

プロジェクトを主導した早稲田大学法学学術院の肥塚教授、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社(以下、あいおいニッセイ同和損害保険)の川口様、そしてシステム開発・運営を担った株式会社VLEAP(以下、同社)の新保様に、その舞台裏を伺いました。

「拡張された情報で五感を埋め尽くす」—株式会社VLEAP

同社は、「拡張された情報で五感を埋め尽くす」をミッションに掲げ、VR/AR/MR技術を活用したメタバースソリューションを開発・提供するテック企業。独自のWeb3D技術や、ユーザー体験(UX)を重視した空間設計に強みを持ち、NTTドコモの「バーチャル道頓堀」をはじめ、自治体や教育機関との連携実績も多数。代表の新保氏は早稲田大学在学中に同社を創業しています。

まだルールのない世界で、「法」を体験する実験場を

まず、法学部の授業で「メタバース」を取り入れようと考えた背景について教えてください

肥塚先生▼

私が担当する「先端科学技術と法コース」では、AIや自動運転といった新しい技術が社会に浸透する際、どのような法的課題やリスクが生じるか等に係る授業を展開しています。

中でも「仮想空間」は、現時点では直接適用される法律が存在しない未知の領域です。だからこそ、学生たちが実際にアバターとなって空間に入り込み、「この世界における最適なルールとは何か」について、肌身を持って考える実験的な教室が必要だと考えました。

そこであいおいニッセイ同和損保様と連携されたのですね

肥塚先生▼

前任校時代からのご縁もあり、無理を承知でご相談したところ、快くご支援いただけることになりました。

川口氏▼

当社としても、メタバースは未知のリスクの塊であり、保険商品開発のための検証が必要な領域でした。

「アバターが詐欺にあったら?」「精神的な被害を受けたら?」「デジタルコンテンツ等の知的財産権が被害にあったら?」といった法的課題を整理し、社会実装を後押しするためには、実際に学生たちが活動する「実験場」でデータを蓄積できることは非常に大きな意義があります。

白羽の矢が立ったのは、早稲田発のスタートアップ「VLEAP」

システム開発パートナーとしてVLEAP様が選ばれた決め手は何だったのでしょうか?

肥塚先生▼

以前、本学法学部で開催いたしました一般向けの公開講座で新保さんにご登壇いただいた際、彼らが開発した「バーチャル道頓堀」のクオリティに衝撃を受けたのがきっかけです。技術力が高いだけでなく、センスが素晴らしい。

実は当初、別のプラットフォームで授業を行っていましたが、教室としての機能や安定性に課題がありました。そこで新保さんに相談したところ、私たちの要望を汲み取った上で、驚くほど緻密な「メタバース教室」を作り上げてくれたのです。

新保様は、母校からの依頼を受けてどう感じましたか?

新保氏▼

お話を伺った当初は、正直「課題が山積みだな」と感じました。 約100分の授業を全14回、しかもVR初心者の学生全員がヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着して行うわけです。

100分の授業を持たせるための常時給電といったバッテリー管理はもちろん、VRに不慣れなために起きる「操作が分からない」「声が聞こえない」といったトラブルへの対応。さらに、デバイスの密集による通信の輻輳対策(Wi-Fiの追加レンタルなど)や、HMDのスペックに合わせたワールドの徹底的な軽量化など、クリアすべきハードルは多岐にわたりました。

単にメタバース空間の開発をするだけでなく、授業を成立させるための「運営サポート」まで含めて設計する必要があると感じました。

アバターが問いかける「ハラスメント」の境界線

実際の授業では、どのような体験が行われたのでしょうか?

肥塚先生▼

特に印象的だったのは、「アバターの見た目によるハラスメントの検証」です。

現実世界では、人が近づいてきて不快に感じる距離(パーソナルスペース)はある程度一定ですが、メタバースではアバターの姿によってそれが変わるのではないか?という仮説です。

そこで新保さんに、可愛らしいパンダや少女のアバターに加え、「ゴキブリ」や「座布団」、「透明人間」といった極端なアバターを作ってもらいました。

ゴキブリや座布団ですか!?

肥塚先生▼

実際に実験してみると、やはりゴキブリのアバターが近づいてくると、学生たちは生理的な嫌悪感から大きく距離を取るんです。 また、新保さんのアイディアで、「座布団」のアバターが上に乗っかってくるというシチュエーションも試しました。

これは現実ではあり得ない「アバターが重なる」という体験ですが、された側はどう感じるのか。 「アバターの見た目によってハラスメントの基準を変えるべきか?」「利用規約でアバターの容姿を制限してもいいのか?」といった問いが、実体験を通して学生たちの中に生まれました。

新保氏▼

システム側でも、単にモデルを用意するだけでなく、透明アバターになった時に自分の姿が見えないようUIを調整するなど、授業の意図に合わせてかなりカスタマイズを行いました。

一般的なメタバースプラットフォームではこうした自由な実験は難しいので、そこは弊社の開発力を活かせた点だと思います。

リアルな教室より「話しやすい」。メタバースが変える議論のカタチ

学生の皆さんの反応はいかがでしたか?

肥塚先生▼

非常に面白かったのは、「ディスカッションの質」が変わったことです。

リアルの教室で「隣の人と議論して」と言っても、遠慮してなかなか盛り上がらないことが多い。しかし、アバターの姿でメタバース上の小部屋(ディスカッションルーム)に入ると、コミュニケーションのハードルが下がるようで、驚くほど活発に意見が出るんです。

川口様▼

私も学生たちとディスカッションをした際、「対面よりも話しやすい」という声を多く聞きました。

議論が活発になるという効果は、非常に価値のあるものだと感じる一方で、長時間利用によるメタバース酔いや視力低下といった健康面への影響など、コミュニケーションの変化による予期せぬ課題についての気付きもありました。

開発だけではない。成功の鍵は「運営サポート」

産学連携プロジェクトを成功させる上で、特に重要だと感じたことはありますか?

肥塚先生▼

これは声を大にして言いたいのですが、新保さんたちの「運営サポート」がなければ、この授業は成立しませんでした。VRゴーグルの充電管理から、当日の通信トラブル対応、学生への装着サポートまで、毎回つきっきりで対応してくれました。

大学では様々な授業が配置され授業がわれています。一つの授業に特別に大学のマンパワーを注力していただくことはできませんので、どうしても大学のマンパワーには限界があるのです。

単にシステムを納品して終わりではなく、授業という「運用」まで伴走してくれたことに、心から感謝しています。

新保氏▼

大学の現場は人手が限られていますし、新しい技術を導入するハードルは非常に高いです。だからこそ、私たちは「作って終わり」ではなく、現場で先生方が困らないようなバックアップ体制を作ることが、教育機関の方々にサービスを提供する上で非常に重要だと考えています。

三位一体の「共創」が、未来のルールを作る

最後に、今後の展望とメッセージをお願いします

川口氏▼

今回の取り組みを通じて、「他人にそっくりなアバターに対する人格権侵害」や「ゴキブリアバターによるハラスメントにつながり得る不快感」などメタバース空間を活用することで生じる具体的なリスクを検証することができました。また、VLEAP様が、メタバース空間で授業を受けることができる環境を構築してくださったおかげで、机上の議論にとどまらず、実体験を通じた学びを得ることができました。

今後もこのパートナーシップを通じて、メタバースの健全な発展を支える制度作りやそれを支える保険商品の開発を通じて貢献していきたいですね。

新保氏▼

今回のような先進的な授業が実現できたのは、肥塚先生の熱意と、あいおいニッセイ同和損保様の深い理解があったからです。 開発会社、大学、そして支援企業。この3者がビジョンを共有し、協力し合えたからこそ、「三位一体」のプロジェクトになったと感じています。

今後も技術の力で、教育や社会課題の解決に貢献していきたいです。

肥塚先生▼

先端技術を社会実装するには、「技術」だけでなく「法(ルール)」と「リスク対応(保険)」、そして社会の受容性が不可欠です。それぞれの強みを持ち寄り、学生と共に未来を考えるこの授業は、まさに理想的な産学連携の形だと自負しています。

まとめ

「小石」や「座布団」、ひいては「ゴキブリ」になって法について議論する学生たち。その光景は奇妙に映るかもしれませんが、そこには確実に、次世代の法学教育の姿がありました。

同社の技術力と献身的なサポート、そしてあいおいニッセイ同和損保のバックアップが噛み合うことで実現した今回のプロジェクト。それは、単なるツールの導入事例を超え、異なるセクターが手を取り合って「未来の当たり前」を作っていく、共創のあり方を私たちに示してくれています。

取材先:株式会社VLEAP

  • 法人名:株式会社VLEAP
  • 会社ホームページ:https://vleap.jp/
  • 代表取締役CEO:新保 正悟
  • 設立日:2020年2月
  • 主な事業:漫画・アニメーションを使ったマーケティング活動支援、IP制作、映像制作、楽曲制作、メディア運用など「コンテンツ」を主軸においた事業