採択SUによる取り組み
医療AIの“市場価値”をどう測るか――ニヒンメディアが挑む実装型・産学連携

はじめに
医療AIの精緻は、これまで医学の国家試験でいかに高得点を獲得できるか?という指標で語られてきました。しかし、医療AIの本来の目的は、臨床現場で継続的に使われ、医師の判断を支え、結果として診療の質向上に寄与すること。そこまで到達して初めて、本来の市場価値が見いだされるといえます。
ニヒンメディア株式会社(以下、同社)が展開する医師向けAIアシスタント「MedGen Japan」は、「どれだけ現場で使われるか」に軸足を置いて、日々進化を遂げています。今回ご紹介する東京科学大学との共同研究は、その“市場価値”を実装レベルで検証する取り組みの一つです。
その背景と狙いについて、共同創業者兼代表取締役の安藤孝太氏に伺いました。
日本の医師のためのAIアシスタント「MedGen Japan」とは
まず、御社の事業内容について教えてください
安藤氏▼
弊社は2023年6月に設立し、医療領域における課題解決をAIの技術を用いて解決しようとする、医療AIスタートアップです。具体的には、医師が30秒で最新の医学エビデンスにアクセスすることのできる日本の医師のためのAIアシスタント「MedGen Japan」を開発・提供しています。
臨床現場において、医師は常にエビデンスに基づいて治療を行う必要があります。しかし、実際の診療では教科書に載っていない症例は山ほどあります。また、薬の処方にあたっても、アレルギーや合併症など、一筋縄では判断できないことが多くあります。その都度、論文や症例データベースを調べるには1時間程度かかることもあり、外来診療の合間に対応するのは容易ではありません。
さらに、多くの医師は当直や長時間勤務の中で診療にあたっています。新しい知見を継続的にキャッチアップすること自体が負担となっている現状で、弊社では医師が必要な情報へ迅速にアクセスするための環境整備に取り組んでいます。

外来では診察にかけられる時間が限られていますね
安藤氏▼
外来の間は1~3分ほどしかないこともあります。その中でエビデンスを確認できるスピード感が求められます。「MedGen Japan」では、AIが文献をスクリーニングし、信頼度と関連度でスコアリング。それにより、受診中の患者の症例と最も関連性の高い文献を30秒で提示することができます。
もちろん、医療現場で実際に使っていただく上では、速さだけではなく正確性が担保されていなければなりません。弊社では、生成された回答がどのような文献や情報に基づいているのか、必ず提示している点にも特徴があります。
「MedGen Japan」は、第一選択薬を検討する場面でも活用されています。例えば、教科書や添付文書には明確に書かれていない「アレルギーのある患者」「肥満を伴う患者」といった条件が伴う場合、薬の処方に制限がかかる可能性があります。そのような場合に、過去の症例報告や治験結果を迅速に調べるために使われています。
さらに、希少性の高い症例の患者の受診時に、医師の立てた仮説の妥当性を検証するために用いられることもあるようです。
どのような方に「MedGen Japan」を多く使っていただいているのでしょうか?
安藤氏▼
これまで、都内の大学病院の若手医師を中心に、累計30万回の利用実績があります。専門分野の深掘りに使うケースもあれば、専門外の領域を補完するために利用するケースもあります。

評価軸を変える―“95点”の先にある市場価値
今回、産学連携促進プログラム「Univ×SU Innovation Boost」に応募された背景を教えてください
安藤氏▼
投資元であるシンガポールのベンチャーキャピタル経由で、同じポートフォリオ企業から紹介を受けたのがきっかけで本プログラムを知りました。
医学領域では信頼が非常に重要です。学術的に実証されたデータを示すことが、ブランド構築にもつながると考えていた私たちにとって、大学との産学連携を支援していただける本プログラムは大変魅力的に映りました。
医学分野では、どれほど技術的に優れていても、客観的な評価がなければ現場への浸透はできません。そのため、大学と連携し、第三者的な視点から検証することの重要性は、創業以来ずっと感じていました。
当初、整理したいと考えていた論点は何でしたか?
安藤氏▼
医療AIの精緻さは、これまで医師国家試験で何点取れるかという点数ベースでの評価が中心でした。しかし、10点を95点に引き上げることには意義がある反面、95点と97点の差を埋めることに注力しても、実際現場での利用価値がどこまで上がるのか、個人的には疑問に感じていました。臨床では、常に状況が変わります。同じ疾患でも患者背景が異なれば最適解は変わります。本当に重要なのは、実際の診療にどれだけ寄与するかです。一方、「実際の現場における寄与」を測ることは容易ではありません。弊社にとっても、現場おける利用価値をどう定義し、どう測るかが当初の大きな課題でした。
ブラインド評価で挑む、実装レベルの検証
東京科学大学との共同研究を決めた背景をお聞かせください
安藤氏▼
複数の大学を検討しましたが、総合診療科の講師の先生がAIによる診療支援を実証したいという意向を持っておられ、弊社の目指す方向性と一致していたということが一番の決め手となりました。総合診療は幅広い疾患を扱い、複数の可能性を同時に考えながら診断する必要があります。そのような中で、大量のエビデンスを得られる総合診療科と「MedGen Japan」との親和性が高いと判断し、実際の連携に進むことになりました。
共同研究の概要について教えていただけますか?
安藤氏▼
臨床現場の医学的な情報収集や臨床判断の材料に生成AIを用いるにあたっては、試験問題が解ける以上の複雑な課題が存在します。ハルシネーションの問題はもちろんのこと、臨床における限られた時間において、情報およびソースの信頼性を十分に検証可能か、情報が臨床で求められる粒度にまとめられているか、しいては、UXの使用感が現場で求められるものかなども重要です。このような点を考慮し、仮想的な診療の場面における生成AIの出力の正確性を超えて、多角的な視点から「現場の医師の情報ニーズをサポートできるか」をさまざまな角度から計測する予定です。
大学側の役割についてはいかがですか?
安藤氏▼
先生は医師であり研究者ですので、研究視点と現場視点の双方からご意見をいただけることを大変ありがたく思っています。また、一般的に共同研究の成果が論文として発信されることは、医療系スタートアップとして信頼性の飛躍的な向上に繋がります。今回の連携にあたっては、研究計画の設計時に将来的な論文化も見据えた設計を行っていただいている点も、弊社単独では実現しえなかった点です。

産学連携の機会を生かして、国内からアジア市場へ
産学連携活動をどのように事業へ生かしていく予定ですか?
安藤氏▼
医療系スタートアップにおいては自社の強みを伸ばし、差別化を進めることが重要です。すべてを改善するのではなく、本当に価値を出せる部分を伸ばしていきたいと考えています。第三者からの納得性が高い産学連携成果を論文化できれば、利用者である医師の皆さんとのコミュニケーションにも活用できます。実際の導入にあたっても、医療現場ではエビデンスの有無を重視しますので、その点を丁寧に示すことで導入により繋がり易くなるのではないかと考えています。
今回のプログラム参加を通じて、どのようなメリットがありましたか?
安藤氏▼
まず、共同研究における費用面の支援があったことは非常に大きいですね。予算が限られているスタートアップにとって、共同研究費は大きな負担となります。そのような中で、支援を通じて影響力のある大学との研究にチャレンジできたことは我々にとって非常にありがたいものでした。
また、プログラムを通じては複数回イベントやセミナーでの登壇機会を頂きました。イベント登壇やその後のネットワーキングを通じて、多くの方に弊社のサービスを知っていただくきっかけができたことも、参加してよかったと思える点です。
実際、そこで知り合ったある大学病院とはその後もコンタクトが続いており、実際の導入に進んでいます。
今後の海外展開についてもお聞かせください
安藤氏▼
現在は国内中心ですが、JETROの支援でインドネシアを視察しました。英語論文へのアクセス課題や医師不足など、アジア圏にも共通の課題があります。医療情報へのアクセスを支援することが、現地の医療ニーズにもつながると考えています。
まとめ
医療AIの評価はこれまで、精度などの分かりやすい指標で語られることが多くありました。しかし安藤氏が重視するのは、「実際の診療にどれだけ役立つのか」という現場視点の価値です。
外来診療が限られた時間の中で行われる現実を踏まえ、同社は大学との共同研究を通じて、AIが診療現場の負担軽減や意思決定にどのように貢献できるのかを検証しています。
医師という研究者でありユーザーでもある立場の専門家とともに評価指標を設計することで、技術の精度だけでなく、実際の医療現場で活用される技術であるかどうかを問い直そうとしています。
取材先:ニヒンメディア株式会社

- 法人名:ニヒンメディア株式会社
- 会社ホームページ:https://nihinmedia.jp/jp/
- 代表取締役:安藤 孝太
- 設立日:2023年6月
- 主な事業:日本の医師向けに医療文献検索などを行うAI(人工知能)アシスタント『MedGen Japan』の開発・運営
