全国の取り組み事例
BRJが産官学連携を経て創る、人と街に感謝される未来の公共交通
はじめに
共存共栄をテーマに掲げ、公共交通全体の底上げを図りながら次世代モビリティの普及に努める、BRJ株式会社(以下、同社)。地方自治体と連携協定を結び、交通空白地域の課題解決に取り組んでいます。同社が最優先するのは利益ではなく、安全性。安全安心に特化することで、地元の方々に受け入れられ、そして愛される次世代型交通を着実に実現してきています。
2023年9月、同社は福島県郡山市と日本大学工学部(以下、日大)と「電動キックボード導入社会実験の共同研究にかかる連携協定」を締結。これまでに郡山市内で3か月間の実証実験を2回実施したほか、日大校内でも調査・分析を進めています。今回は、同社 代表取締役社長の宮内 秀明氏に、産官学連携の経緯や連携を通して得られた成果や知見、今後の展望についてお聞きしました。
二者連携から、三者の産官学連携へ
郡山市および日大と、産官学連携協定の締結に至った経緯を教えてください
宮内氏▼
地域交通ソリューション事業(地域連携事業)を進めるにあたり、人口30万人以下の移動課題がある都市をターゲットにして活動していた中で出会ったのが郡山市です。郡山市は以前より、地域課題の解決や魅力的なまちづくりを目的とした「こおりやま公民協奏エリアプラットフォーム」に取り組まれていました。同プラットフォームの中で郡山市が描いていた地域交通課題への解決方法が当社事業とマッチしたことから、連携することになったのです。
当初は郡山市と二者間で連携をしていたのですが、社会実験をするために設置した電動キックボードのポートとして場所を提供していただいたご縁で、市内に工学部のキャンパスを構える日大と出会いました。当社が強調する「安全」に対して、もう一歩踏み込んでアカデミックに研究したいと仰っていただき、三者連携協定を結ぶことになりました。
過去2回行われた社会実験や、研究の具体的な内容について教えてください
宮内氏▼
まずは郡山市と、街全体における交通空白地域と電動キックボードのアーリーアダプターについて仮説を立てました。そのうえで当社からは車両台数やエリア規模、期間についてご提案し、第1回目の実証実験は2023年9月1日から3か月間、郡山駅を中心に南北に直径5km、東西に3kmほどのエリアに5ポート、15台を設置しながら実施しました。第2回目は2024年7月23日から約4か月間、エリアを拡大したうえで12ポート、20台を設置。いずれも利用データを分析し、利便性と安全性の検証を行いました。
日大には研究用に電動キックボードを2台お渡ししています。連携協定締結から現在まで約2年間、キャンパス内に設置された公道を模したテストフィールドで学生を対象とした実験や調査をしていただいているほか、実証実験のGPSデータの解析と定量化にも取り組んでいただいています。
三者間で情報格差を生じさせない
実証実験を通じて得られた成果や知見の中で、特に印象的なものを教えてください
宮内氏▼
郡山市は過去に社会実験を実施した他の地域に比べてライド数がとても多く、ポジティブなデータが取れました。市内の道路は路肩が比較的広かったことや裏道が充実していたことで、電車で通勤する人の駅からの移動手段として多く利用されたのです。
当初は多くの利用者が目的地まで最短距離で移動すると予想していたのですが、実際には迂回にも近いような行動が多く見られたのがとても印象的でした。例えば、郡山駅から市役所までは大通り一本で行けるにも関わらず、敢えてまっすぐは進まずに別の道を通っている様子がGPSデータから伺えました。周辺の道路や交通事情を理解されている地元の方ならではの行動ですね。
正直なところ、私たちのようなスタートアップ企業がまだ世の中の常識になっていない次世代モビリティを地方都市で導入しようとしても、簡単には受け入れてもらえないと思っていたんです。それが最初から案外受け入れてもらえたのが予想外でしたし、いい意味で期待を裏切られたと思っています。
御社のサービスが地方自治体に受け入れられているのは、何か理由があるのでしょうか?
宮内氏▼
私が物流会社出身ということもあり、当社は創業時からとにかく安全に重きを置いています。独自に作った交通ルールクイズで100点満点を取らないと乗れないようにしたり、事故リスクが高い深夜営業を止めたり、公園や歩行者専用道路などの進入禁止エリアに入ろうとすると自動的に停止したりと、徹底して安全に特化しているのです。そうした取り組み姿勢が、地方自治体の受容性にもつながっていると思います。
三者連携を進める中で、難しさを感じた場面はありましたか?
宮内氏▼
今回の連携では、まったくと言っていいほどありません。スタート時に、課題や解決策、事業に対する想いについて三者でプレゼンテーションをしたのですが、終わる頃には「みんな考えていることが一緒だね」といった具合にガチャンと歯車がかみ合ったんです。
郡山市は担当してくださっている方が民間企業の感覚を持っていることもあり、スピード感も含めて協働しやすいですね。日大はまるでアメリカの大学のように経済性やエコノミクスを前提に研究や開発に取り組まれており、価値観や方向性にズレを感じることもないので助かっています。そうした中でも大事にしているのは、三者間で情報格差を生じさせないことです。必ず三者が参加している状態で日々のやり取りやミーティングを行うことで、常に情報が共有できているようにしています。
解像度の高い分析で、より定量的でロジカルな説明を可能に
実証実験の現場で発生した予期せぬ課題があれば教えてください
宮内氏▼
路肩が古くなって凹凸ができていたために、まっすぐに走りにくい道があったのはやや想定外でした。次世代モビリティが発達してきたのは、2017年頃のことです。8年ほど経ったいま、歩道と車道の間にサードレーンと呼ばれる第3のレーンの有無が、次世代モビリティを導入した街づくりにおいては重要であることが分かってきています。郡山市は路肩が比較的広く、裏道も充実している点はプラスですが、路面状況には課題があると分かりました。
そうした課題感に対しては、どのように対処されるのでしょうか?
宮内氏▼
街の道路に関して民間企業が直接何かできるわけではないですが、国や自治体の道路補修工事計画に役立ててもらえるようにマッピングデータを作成しています。当社が社会実験で用いるマイクロモビリティの車両には、速度センサーやGPSセンサーはもちろん、ジャイロ機能と呼ばれる角速度を測るセンサーもついているため、路面状況の良し悪しをデータから伺うことができます。現在は株主のあいおいニッセイ同和損保と共に、上下振動などをプロット化して街の地図にマッピングしているところです。
研究成果が第22回ITSシンポジウム(※1)2024で発表されたとのことですが、反響や手応えはいかがでしたか?
宮内氏▼
ITSでは、「GPS センサーを使用した電動キックボード利用者のトリップ行動分析」の論文を発表しました。安全に特化した取り組みと導入戦略、実証実験の検証結果について日大がアカデミックにまとめてくださったおかげもあり、アジア圏を中心に、海外から多数の問い合わせや提携依頼が来たんです。私たちの取り組みについて「とても勉強になる」といった声も多数いただき、注目度の高さを感じました。
日大の分析はとても解像度が高く、当社のマンパワーだけでは到底できない深さで研究をしていただいています。ジオフェンシング機能(※2)がどの程度の誤差で利いたのか数十センチ単位で分析をするなど、より定量的かつロジカルに説明するための素地をいただけて、とてもありがたいですね。自治体への提案資料にも活かしており、当社のプレゼンの質も向上したと思います。
※1)ITS(高度道路交通システム)に関する産学官の専門家が集まり、最新技術や研究成果を発表・議論する年次の研究討論会
※2)GPS の位置情報に基づき、マイクロモビリティの自動走行制御を行う機能
大学や自治体との連携で社会からの見られ方が変わった
御社の今後の展望についても教えてください
宮内氏▼
全部で3つあるのですが、一つは電動キックボード屋さんからの脱却です。当社は社会課題に向き合っているので、二輪の立ち乗り電動キックボードにこだわっているわけではありません。三輪、四輪、自動運転バスなど、プロダクトの幅を広げながら次世代モビリティの総合商社のような役割を担っていきたいです。
二つ目は、連携する自治体数の増加です。全国には1,741の自治体があり、そのうち交通空白地域を抱える自治体は1,200ほど。人口密度が低く、自家用車以外の交通手段がないために免許返納ができない高齢ドライバーが全国各地にいるのです。現状では100ほどの自治体にしか入り込めていませんが、まずは1,000自治体との連携を目指したいと考えています。
三つ目は、持続可能性を高めることですね。導入当初は国の補助金や自治体の予算を使うことが多いのですが、地元の方と一緒に3年ぐらいかけて黒字化していくことを目指しています。小さなエリアごとに黒字化させ、そうしたエリアがハチの巣が広がるように増えていくことで持続可能な社会を実現していきたいと思っています。
最後に、大学や自治体と連携を目指す他のスタートアップに向けてメッセージをお願いします!
宮内氏▼
当社にとっては、自治体では郡山市、大学では日大が最初の連携先でした。この連携をきっかけに、ステークホルダーや社会からの見られ方が大きく変わったと感じています。社会的ベンチャーとして、非常識を常識に変えようと志高くチャレンジをしていますが、やはり何をするにも社会的信頼度の高さは重要です。郡山市の例をモデルケースに、連携事例が着実に増えてきました。社会のためになることをしている実感が増し、社員の顔つきも変わってきました。成長スピードも大切ですが、社会的信頼度を高めることがいかに重要であるか、身をもって感じています。
スタートアップベンチャーは信頼や実績こそ限られていますが、チャレンジ精神に富んでいると思います。他方で社会的信頼度が高い大学や自治体は、思いきったチャレンジがしにくい環境にあることが多いです。大学や自治体にできないことは私たちが担えますし、その逆もあります。互いの事業や目指す姿に対して共感できることが大前提ですが、そのうえで大学や自治体はスタートアップにとって相性の良いパートナーになると思います。
まとめ
バス路線の廃止、運転手不足、高齢者ドライバーによる事故は、いまや多くの人が身近に感じる社会問題です。そんな大きな問題を解決しようと日々奮闘する同社。取材からは、同社がビジョンとして掲げる「人と街に感謝される未来の公共交通を創る」を体現するかのように、関係者と丁寧なコミュニケーションを取りながら、一歩ずつたしかに歩みを進める姿が伺えました。
今回ご紹介した郡山市と日大との産官学連携は、現在までに100を超える自治体と連携・協議してきた同社の起点とも言えます。社内外に起こった変化の様子やビジネスの軌跡から、産学連携や産官学連携の効果や可能性を強く感じる取材でした。
取材先:BRJ株式会社
法人名:BRJ株式会社(BRJ Inc.)
会社ホームページ:https://www.brj.jp/
代表取締役社長:宮内 秀明
設立日:2020年 12月16日
資本金:73,100万円(資本準備金含む)
主な事業:シェアリング事業、レンタル事業、地域交通ソリューション事業




