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トイレから社会を動かす──株式会社バカン×金沢大学の「ふむふむフェムテック」実証プロジェクト

はじめに

今回ご紹介するのは、大学という学びの場に設置されたトイレ個室内のサイネージを活用して、フェムテック(※1)に関する啓発活動を展開した金沢大学と「株式会社バカン」(以下、同社)の共同プロジェクトです。

「ふむふむフェムテック」と名付けられたこの試みは、学生たちにどのような気づきをもたらしたのでしょうか。

プロジェクトの経緯から、得られた成果、今後の展望まで、担当者の声を通じて紐解いていきます。

※1) フェムテック

女性の健康課題をテクノロジーで解決・支援する製品やサービスの総称。

混雑の「見える化」で優しさとテクノロジーをつなぐ

同社は、「いま空いているか1秒でわかる優しい世界」の実現を目指すスタートアップです。2016年の創業以来、AIや人工知能を活用したプラットフォームを軸に、さまざまなサービスを展開しています。

ミッションは「人と空間をテクノロジーでやさしくつなぐ」こと。公共性の高い場面でも活用されるテクノロジーを開発・提供しており、スタートアップながら、全国の商業施設やオフィスビルのトイレ約12,000台の導入実績をもつ、国内最大規模のトイレ広告メディア「アンベール」を提供しています。     最適な人の流れづくりを支援することで、まちづくりや働き方改革、災害対策など、幅広い分野で社会課題の解決に挑戦しています。

※以下、同社金子様、原田様へのインタビュー形式でお話をお伺いします

大学からの声かけで始動した“共創”

今回の「ふむふむフェムテック」プロジェクトには、どのようなきっかけで参画されたのでしょうか?

金子様▼

きっかけは、金沢大学さんからお声がけをいただいたことです。

金沢大学では令和4年にダイバーシティ推進機構を立ち上げ、専任職員を配置してダイバーシティの推進に力を入れておられました。その中で、経済産業省のフェムテック等サポートサービス実証事業費補助金に国立大学法人として初めて採択されたという背景から、フェムテックの認知拡大に向けて、弊社のトイレ空間メディア「アンベール」を活用されたいというお声がけいただきました。

弊社としては、過去にフェムテック関連の企業様とすでにこの領域に取り組んだ実績があったこと、また、大学という公共性の高い場でフェムテックの認知拡大を図るという社会的意義に強く共感したため、参画を決めました。

プロジェクトへのお声がけを受けた際、社内での反応はいかがでしたか?

金子様▼

前述の通り、これまでもフェムテック関連企業からの広告出稿実績があったため、トイレ空間との親和性が高いという認識は社内にありました。

ただ、弊社のサービスは通常、オフィスや商業施設への常設が前提ですので、大学での期間限定設置という形式に対しては「本当に実施可能か?」という議論はありました。

一方で、社会課題に取り組む姿勢が強い弊社のカルチャーにとって、今回の試みは非常にマッチしていたため、ポジティブな反応も多く見られました。新しいフィールドにチャレンジする機会として、前向きに捉えたメンバーも多かったですね。

トイレ個室に、知識と対話のきっかけを

金沢大学内のトイレには、実際にどのような掲示や配信を行っていたのでしょうか?

金子様▼

洗面台の近くなど視認性の高い場所に、大型の啓発資料を掲示いただくとともに、トイレ個室内で月経や避妊、婦人科検診の必要性など、6〜7種類のテーマについて、ランダムでコンテンツを配信する形式にて設置いただきました。

さらに今回のプロジェクトでは、学生自身が「フェムテックとは何か?」を考える参加型企画も展開されました。学生がフェムテックに関する意見を手書きで記入したメッセージカードを掲示することで、より身近に感じられるように工夫が凝らされていました。

金子様▼

「フェムテック=女性のもの」と捉えられがちですが、男性トイレでも発信することで、男性の関心も高まったという声がありました。実際に、「自分には関係ないと思っていたが、知ることができてよかった」といったコメントも寄せられましたし、性別を問わず啓発の場になったと感じています。

また、ある学生からは、「異性の健康や悩みに関心を持つことが、ジェンダー理解を深めるきっかけになった」という声もいただきました。

狙いどおりの反響だったということでしょうか?

金子様▼

はい、まさに狙っていた方向性で、よい反応をいただけたと思っています。むしろ、予想以上に学生の反応が積極的で、社会課題に対する感度の高さを感じました。

特に「安心した」「話題にしやすくなった」というコメントは、私たちが目指していた“空間を通じたやさしいアプローチ”が実現できた証拠であると受け止めています。

プロジェクトに関して、社内ではどんな反応がありましたか?

金子様▼

弊社は混雑という社会課題への取り組みに共感して入社した社員が多いためか、フェムテックのような新しい課題に対する活動にも前向きな反応が多くありましたね。

実際、プロジェクト実施後は、世界的な製薬会社や自治体からの疾患啓発メディアとしての問い合わせも増えて、ビジネスとしての広がりを感じました。

また、広報活動や提案の場面でも、今回の事例を紹介することで信頼性や社会的意義が伝わりやすくなったと感じています。

想像以上の反響…学生の声が示した「届く力」

今回のプロジェクトを通じて、フェムテック分野での新たな気づきはありましたか?

金子様▼

フェムテックの領域は、潤沢な広告予算を持つ企業がまだ多くなく、認知が広がりきっていないと感じています。

ただ、金沢大学さんのように個別に取り組む大学や機関は他にもあると思われます。今後、そうした取り組みを横断的に連携させることで、継続的な普及と社会への定着が可能になるのではと考えています。

また、啓発と並行して、製品体験やイベントなどのリアルなアクションと結びつけていくことも重要だと感じました。

大学という場で実施した意義について、どうお考えですか?

金子様▼

これまで弊社の「 アンベール」(※2)は、学生を主な利用者とする施設に設置したことはありませんでした。そのため、今回の連携で得られた学生層からの反応は非常に貴重でした。

大学は、自ら考えて行動する力を育む場でもあり、フェムテックのようなテーマに触れるタイミングとして非常に適していたと感じています。今回のプロジェクトは、社会に出る前の段階で必要な情報や知識に触れたり、社会課題への意識を持ったりするきっかけとしても、大きな意義があったと思っています。

※2) アンベール

2020年末から本格展開を開始し、トイレ広告市場においては現在設置台数No.1を誇ります。都心部を中心としたオフィスや商業施設など約12,000箇所で展開する、トイレ個室内での認知獲得を行うことができる新たなデジタルサイネージメディアです。トイレ空間は、情報量が少ない1on1のプライベート空間であるため、利用者に対して明確に届けたいメッセージを伝えることが可能です。動画コンテンツはトイレ利用時のみサイネージ上で再生され、再生回数や配信結果を数値化できます。

また滞在時間に応じて画面の表示を滞在抑制につながる表示に変更をしたり、混雑具合に応じて広告の長さを自動で調整するといった特許技術を用いることで、トイレの混雑抑制も同時に実現します。      

啓発+体験でつくる、新しい社会との接点

プロジェクトを通じて、金子様ご自身の意識に変化はありましたか?

金子様▼

私は男性ということもあり、フェムテックという言葉に対してやや距離を感じていたのですが、実際に取り組みに関わる中で、身近な女性が抱える悩みを「フェムテック」と捉えることができるようになり、構えず自然に受け止められるようになったと感じています。

また、こうした社会的なテーマを、空間やメディアを通じてやさしく伝える手段の一つとして、自分たちのサービスが果たせる役割に改めて可能性を感じました。

原田様は広報を担当されていますが、今回の取り組みを通じて考え方に変化はありましたか?

原田様▼

元々会社としてもフェムテックへの関心はありましたが、今回のプロジェクトを通じて、メディアの方々から「社会的意義の高い取り組み」として注目していただいたり、啓発活動としての価値を見出していただいたりするなど、これまでとは異なる反響がありました。

トイレ広告としての役割にとどまらず、より広い社会貢献の可能性を実感しました。社会性のあるメディア展開という視点から、今後もこういった取り組みに積極的に関わっていきたいと考えています。

今後、フェムテック領域においてどのような展望を描いていますか?

金子様▼

大学や企業、自治体などと横断的に連携し、フェムテックをはじめとする社会課題の解決に向けて、より広く、持続的に啓発を進めていくことが重要だと感じています。

その中で、トイレという空間が持つプライベート性と親和性を活かしながら、安心して情報に触れられるメディア環境をつくっていきたいと考えています。

コンテンツだけでなく、体験やサンプリングなどリアルと連動したアプローチを取り入れながら、フェムテックに対する理解と関心を高めていきます。

最後に、これから産学連携を考えるスタートアップ企業にメッセージをお願いします!

産学連携によって得られるスタートアップにとってのメリットとして、まず「企業そのものやサービスに対する信頼性を得ることができる」という点が挙げられます。

また、「同様の課題意識をもっている施設からの問い合わせが増える」といった広がりも期待できます。

さらに、学校などの教育機関は社会課題への取り組みに対して好意的に捉えていただける可能性がありますから、社会課題に関わるサービスを提供しているスタートアップにはとくに産学連携をおすすめしたいと感じます。

一方で「産学連携を進めるうえで気をつけるべきこと」として、学校側の予算が潤沢にないケースや、通常のパッケージからカスタマイズをする必要がでてくることもあるかもしれません。そうした点には配慮が必要でしょう。

まとめ

「トイレ」という空間に、社会的な可能性が秘められていることを実感させてくれた今回の取材。「ふむふむフェムテック」プロジェクトは、学生たちに、静かに、しかし確実に意識の変化をもたらしたようです

こうした空間の活用が、無理なく日常に入り込む情報発信の新しい形として広がっていけば、社会全体の“知るきっかけ”をもっと多様に、やさしくできるのではないか、思わずそう感じるような大学とスタートアップの事例でした。

金沢大学との産学連携を経た同社のさらなる飛躍に、今後も目が離せません。

取材先:株式会社バカン

  • 法人名:株式会社バカン
  • 会社ホームページ:https://corp.vacan.com/
  • 代表取締役:河野 剛進
  • 設立日:2016年6月8日
  • 主な事業:空間の体験をスマートにアップデートする「混雑・人流マネジメント」や「施設・エリアマネジメント」サービスの提供、トイレ個室内メディア「アンベール」の運営