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「最近何やってる?」から始まった価値共創:nicomobiと千葉工業大学 デザイン連携の軌跡

はじめに

スタートアップと大学の連携は、イノベーション創出の鍵として期待される一方、「何から始めればいいかわからない」「適切な連携先が見つからない」といった声も聞かれます。

今回ご紹介するのは、超小型EV(電気自動車)の開発・製造を手掛けるスタートアップ「nicomobi株式会社」と千葉工業大学 デザイン科学科との連携事例です。

この連携は、当初から明確な課題解決を目指したものではなく、元同僚という個人的な繋がりから始まりました。対話を重ねる中で課題が顕在化し、互いの強みを活かした協力関係へと発展していったプロセスは、多くの企業や大学関係者にとって興味深いものとなるでしょう。

移動をもっと手軽に、笑顔のために - nicomobiと『クロスケ』

nicomobi株式会社(以下、nicomobi)は、「人々の笑顔がうれしい。​うれしいは私たちの原動力」を企業理念に掲げ、2024年に設立されたモビリティスタートアップです。大手自動車メーカー出身のエンジニアたちが、「もっとユーザーに近い距離で、モビリティ製品を通じて喜びを届けたい」という想いから立ち上げました。

同社が開発する代表的なプロダクトが、超小型EV『クロスケ』です。バイクより大きく軽自動車より小さい、一人乗りのコンパクトなEVで、従来のガソリン車では難しかった「手軽で実用的な小型モビリティ」の可能性を追求しています。

※以下、nicomobi株式会社の望月様・西橋様へのインタビュー形式でお話をお伺いします

予期せぬ再会と「響かない」課題の発見

千葉工業大学との産学連携は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?

望月様▼

実は、最初から産学連携を計画していたわけではありません。率直に言うと、知り合いが千葉工業大学で教授をしていた、というのが始まりです。

連携にご協力いただいている西田准教授は、以前私が日産自動車で働いていた時の同僚でして。「最近どうしているかな?」と、本当に軽い気持ちで挨拶に伺ったのがきっかけです。当時まだ会社名は違いましたが、『クロスケ』の活動を紹介し、「何か一緒にできたらいいね」と話していました。

ですから、当初から産学連携ありきで進めていたわけではないんです。

連携の話が具体的に進む中で、どのような課題が見えてきたのですか?

望月様▼

当時抱えていた課題というか危機感として、私たちが作る資料はエンジニア目線で、正直に言って面白みに欠けていました。広く一般の方に理解してもらうには不十分だったのですが、当初はその自覚があまりなかったんです。それが、西田先生に「もっちー、それじゃダメだよ。これじゃ誰にも響かない」と指摘されて。

最初は「なぜ?」と思いましたが、「手伝おうか」と声をかけていただき、ワークショップ形式で学生さんと引き合わせてもらうことになりました。

「おっさん臭い」「分かりにくい」という課題意識は元々少しありましたが、そこで明確に気づかされ、考え方が少しずつ変わっていきました。

「響かない」課題からワークショップへ - 共創の始まりとプロセス

ワークショップでは、具体的にどのような活動をされたのですか?

望月様▼

千葉工業大学のデザイン科学科は、単にモノの形を作るのではなく、サービスデザインや背景にある思想からプロジェクトを成功に導くことを学ぶ学科でした。

ですから、学生さんたちには、ある意味『クロスケ』をプロデュースしてもらうような形で関わってもらいました。世界観の構築や、当時はまだなかったネーミング、そして「この超小型EVをどう世の中に広めるか」といったテーマでワークショップを進めました。

具体的な最初の目標は、2023年11月の「Japan Mobility Show(JMS)」です。『クロスケ』の初披露の場だったので、そこで配布するチラシやパンフレット、缶バッジといった広報ツールを一緒に作りました。

連携プロセスで重視したことは何ですか?

望月様▼

単に広報物を作ってもらうだけでなく、そこに至るまでのプロセス、つまり議論を非常に重視しました。何度も議論を重ね、媒体ありきではなく、「どう伝えるのが最適か」という上位の目的から考えていきました。

結果としてチラシや缶バッジを作ることになりましたが、時間はかかっても、そのプロセス自体が非常に重要だったと感じています。

連携が生んだ確かな成果と次の展開

Japan Mobility Showでの連携の成果はいかがでしたか?

望月様▼

学生さんたちとの活動や制作物がなければ、認知度も反応も全く違っただろうと実感しています。お客様の反応は非常にポジティブでした。

用意したチラシも、当初想定の2000部を超え、最終的に15000部を配りきることができ、大きな達成感がありました。

今でもお付き合いのあるお客様の多くが、このJMSで出会った方々です。私たちにとって非常に印象深い活動となりました。

西橋様▼

制作物は、『クロスケ』が活躍する世界観や背景にある思想を一貫して表現していたので、お客様にも伝わりやすかったのだと思います。

JMSでの成果は、次の展開にどのようにつながりましたか?(サカイ引越センター様との協業について)

望月様▼

まさにJMSがきっかけでブースに来てくださったサカイ引越センターの担当者の方が、『これ、絶対うちのパンダと合う!』と直感的に感じてくださったようです。その後、情報交換を重ね、『クロスケ』の車両評価も進んだことから、「ビジネスユースとして実際に使えないか」とご相談しました。

短期の実証実験が決まり、「せっかくならラッピングを」という話になった際に、再び千葉工業大学さんにデザインをお願いした、という経緯です。(デザインは5案提案いただき、最終的にはサカイ引越センター様社内コンペで決定しました。)

サカイ引越センター様との実証実験での成果はどうでしたか?

望月様▼

私たちの最大の関心事は「『クロスケ』が仕事で使えるか」でしたが、実際に運転されたドライバーの方から「問題なく使えそうだ」というお話をいただき、大きな自信になりました。また、ラッピングの効果も絶大で、非常に親しみを持っていただけることを実感しました。

連携の価値と未来への視点

一連の連携を通じて、nicomobi様が感じた「産学連携の価値」とは何でしょうか?

望月様▼

自分たちの頭の中にある漠然としたイメージを、議論を通じて言葉にしていくプロセスを体感しました。まだ言語化できていないものを、多様な視点を持つ人たち(デザインを学ぶ学生、異なる年代の人など)とぶつけ合うことで、初めて明確にできる。これはエンジニア集団だけでは得られない、非常に貴重な経験でした。

西橋様▼

(ラッピングデザインも)JMSの頃から『クロスケ』の世界観を理解してくれている学生さんたちの案なので、プロジェクトとして一貫した思想に基づいたものが提案されました。これは彼らだからこそ出せた成果だと思います。

産学連携を進める上での難しさや課題は感じましたか?

望月様▼

学生さんの入れ替わりですね。私たちは継続していても、メンバーが変わる(卒業・進級する)中で、プロジェクトの目標や思想をぶらさずに引き継いでいく難しさを感じています。引き継ぎをどううまく行うかは、私たち企業側も考えなければいけない課題だと思っています。

今回の経験を踏まえ、今後の産学連携についてどのようにお考えですか?

望月様▼

千葉工業大学の西田研究室とは、引き続きサービスデザイン面でご協力をお願いしたいと考えています。また、今回の連携がきっかけでSFC(慶應義塾大学)近くのインキュベーション施設に入居できた経緯もあり、今後はSFCの研究室などと技術的な連携も検討していきたいです。基本的に、産学連携にはオープンに取り組んでいきたいと考えています。

これから連携を考える人へ

最後に、これから産学連携を考える企業や、行政・支援機関に向けてメッセージをお願いします。

西橋様▼

産学連携自体を目的にするのではなく、あくまで目的達成のための手段として捉えるのが良いと思います。大学には、年単位で何らかの成果を出してくれる(卒業論文など)という魅力がある一方、学生の入れ替わりというデメリットもあります。そうした特性を理解した上で連携することが大切です。

望月様▼

企業側が「この課題なら、ここに相談すればいい」という情報を見つけにくいのが現状です。大学側がどのような取り組みをしているのか、もっと簡単にアクセスできる環境が必要だと感じます。

西橋様▼

大学側の情報発信と、企業と大学をうまく繋ぐ仕組みがあれば、私たち企業にとっても非常にありがたいですね。

まとめ

nicomobiと千葉工業大学の連携事例は、計画された課題解決型の連携だけでなく、「人との繋がり」から始まり、対話を通じて共に課題を発見し、価値を共創していくという、有機的な連携の可能性を示唆しています。特に、スタートアップが持つ技術やアイデアを、大学の異なる専門性と掛け合わせることで、新たな価値や展開が生まれるプロセスは、多くの企業にとって参考になるのではないでしょうか。

一方で、連携先の探索や継続性の担保といった課題も浮き彫りになりました。企業と大学がよりスムーズに出会い、継続的に協力できるような情報基盤や仕組みづくりが、今後の産学連携をさらに活性化させる鍵となるでしょう。今回の事例が、新たな連携への一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。

取材先:nicomobi株式会社

  • 法人名:nicomobi株式会社 (nicomobi Co., Ltd.)
  • 会社ホームページ:https://nicomobi.co.jp
  • 代表取締役:平井 敏郎
  • 設立日:2024/5/24
  • 資本金:6000万円
  • 主な事業:小型EVの設計・開発・販売