採択SUによる取り組み
ミリ波の「届かない」を越える ―Visbanが挑む、実証データで切り拓く社会実装への道
はじめに
次世代通信技術として注目されるミリ波は、高速・低遅延・大容量という圧倒的な性能を備えています。しかし、その価値は理論値だけで測れるものなのでしょうか。実際の都市空間では、雨や建物、人の往来といったさまざまな要因によって通信品質が左右されます。
技術が本当に社会で通用するかどうかは、「どこまで届くか」ではなく、「現場で安定して使えるか」で決まります。
株式会社Visbanは、ミリ波の“届きにくい”という課題に真正面から向き合い、実環境での検証を重ねることで社会実装への道を切り拓こうとしています。
東京都立大学での実証実験は、その技術が市場で通用するかどうかを実装レベルで確かめる取り組みです。その背景と現在地について、同社の取締役・共同創業者である桒田良輔氏に話を伺いました。
AI時代を支える“唯一の将来技術”ミリ波への挑戦
まずは会社の概要と事業内容について教えてください
桒田氏▼
弊社は、次世代の通信技術であるミリ波を活用した通信システムを開発しています。ミリ波は、AIの普及によって以前にも増して加速度的に年々増大するデータトラフィックに対応できる、大容量・低遅延を備えた唯一の将来技術です。従来の4Gや5Gと比べても、圧倒的な通信性能を持っています。
生成AIやVR、ARといった技術が普及するにつれて、扱うデータ量は爆発的に増えています。今後、通信インフラがボトルネックにならないためには、ミリ波のような高帯域技術の活用が不可欠です。理論的な性能だけを見れば、ミリ波はまさに“次の標準”となり得るポテンシャルを持っています。
一方で、ミリ波には課題もあると伺っています
桒田氏▼
ミリ波には、伝送距離が短く障害物に弱いという致命的な弱点があります。雨や人、建物、ガラスなどの影響を受けやすく、理論どおりに届かないという課題があるのも事実です。
当社は、その問題点を過大な投資をすることなく、独創的なハードウェアとAI技術を駆使して解決するために設立されました。私たちはデバイスとソフトウェアを組み合わせることで、ミリ波の弱点を根本から克服しようとしています。
単に出力を上げるのではなく、通信そのものの設計思想を変えることが必要だと考えています。
「PoCがないと、誰も振り向かない」という現実
今回、大学での実証実験を進めようと思われた背景を教えてください
桒田氏▼
私たちが取り組んでいるのは、ソフトとハードを組み合わせた新しい通信技術の開発です。ところが、小さなベンチャーがいきなり大手キャリアに行って「こんなアイデアがあります」と言っても、ほとんど相手にされません。
私たちの技術を大手通信事業者に提案するには、PoC(概念実証)、つまり理論が実際に機能することをデータで示す段階が不可欠です。実環境で効果が確認できて初めて、議論の土台に立てます。
通信の世界では、「理論上は可能」という説明は通用しません。実際の基地局環境で、どの程度改善するのかを具体的な数値で示す必要があります。そのためには、本格的な実証環境がどうしても必要でした。
またベンチャーと最終エンドユーザーの間には大きなギャップがあります。今回の東京都立大学での実証実験は、まさにそのギャップを埋めるための第一歩となる取り組みでした。実際、大学の5G環境を使用させていただいたことで、これまで自分たちだけでは計測できなかったさまざまなデータが取得できています。
今は、それらのデータを整理し、ようやく大手キャリア等に提案できる段階に進んでいます。正直、この取り組みがなければ、会社としてかなり危ない状態になっていたかもしれないと思うほどでした。
「実証環境の確保」が、そこまで大きなハードルだったのですね
桒田氏▼
通信はインフラであり、設備投資が巨大な世界です。使う機器も高価で、スタートアップがそれらを使える機会はほとんどありません。
民間企業で実験を1日やらせてもらうにあたって、ある見積もりでは50万円くらいかかると言われました。それも一度きりでは済みません。条件を変え、何度も検証する必要があります。そんなことを続けていたら、投資家から集めた資金がすぐに枯渇してしまいます。
ディープテック、しかもハードテックは、高価な設備が必要で時間もかかり、本来、スタートアップは生き延びづらい領域です。今回、東京都立大学の5G環境で実証実験を行ったことで、何とか踏みとどまれたという感覚があります。
“届く”を数字で証明する――実環境が問う本当の性能とは?
東京都立大学での実証実験に至るまで、他の大学との連携もありましたか?
桒田氏▼
当社は東北大学、東京工業大学、東京理科大学にもご協力いただきながら、さまざまな連携を進めています。一方、これらの連携は点のようなもので、これまでは、たとえばA社、P大学、C組織というように、必要な要素を個別にコンタクトして寄せ集め、バラバラなものを自分たちでまとめて実験していました。
しかし、今回東京都立大学での実証実験を通じて、これまでの“点”を“線”として繋げることができました。しかも、同大学の5G環境は非常に整っており、実験の実施にあたり不具合がほとんどなかったことも、今回の実証実験がスムーズに進んだ要因です。
現在、東京都立大学での実証実験はどのようなテーマで進めているのでしょうか?
桒田氏▼
東京都立大学には、ミリ波の基地局が入っています。ミリ波は、届けば速くて大容量ですが、雨や遮蔽物、具体的には、人やガラスなどで遮られると届きにくくなるという特徴があります。今回の研究では、私たちのソフトウェアとハードウェアを持ち込むことで、その「届かない」環境をどれだけ改善できるかを実験しています。
具体的には、基地局からの電波が遮蔽物に当たった際の減衰量や、通信品質の変動を細かく計測し、私たちの制御アルゴリズムを適用した場合にどの程度改善するかを比較しています。単に「つながる・つながらない」ではなく、遅延や安定性といった複数の指標で評価しています。
実は、基地局を実験に使える形で持っている組織はほとんどありません。大手通信キャリアには当然揃っていますが、私たちのようなスタートアップ、ベンチャーでも使用可能なところは、日本ではほぼないのが実情です。だからこそ、基地局が配備された環境を使えることが大切だったのです。
実証はどのようなプロセスを経て行われるのですか?
桒田氏▼
まず現状の通信状態を測定し、どの地点でどの程度品質が落ちているのかを把握します。そのうえで、私たちのシステムを組み込み、同じ条件で再度測定します。改善幅を定量的に確認し、条件を変えながら何度も検証を重ねます。
一度でうまくいくことはほとんどありません。想定していたアルゴリズムが機能しないこともありますし、ハードウェア側の調整が必要になることもあります。そのたびに原因を解析し、修正して再検証するというサイクルを繰り返しています。
重要なのは、シミュレーションではなく“実際の空間”で再現性があるかどうかです。同じ改善が別の条件でも成立するのか、偶然ではないかを確認しながら、データを積み上げています。
驚きと落胆の先にあった「実証の価値」
大規模実証フィールドを活用する中で、現時点での成果や気づきはありましたか?
桒田氏▼
一番大切なのは、実際にマーケットで使われている基地局があることです。これまでは信号発生器などで模したり、シミュレーションで検討したりしていましたが、実際の装置とフィールドを使うと、シミュレーションでは分からなかったことが多く出てきます。驚きもありましたし、落胆もありました。しかし実用に近い状態で実証できたことは非常に有効でした。
落胆というのは、どのような点で起きたのでしょうか?
桒田氏▼
効果が全然出ない、届き方が改善されないということがありました。原因を突き詰めると、ソフトウェアのエラーやバグ、ハードの作り方の問題でした。熱のプロセスで熱がかかりすぎ、熱膨張係数の差で剥がれが起きていたこともあります。
ただ、それらを解析して修正していくことで、最終的に改善できました。実環境で検証したからこそ、直せたのだと思います。こうしたプロセスの積み重ねが、社会実装に近づくための唯一の道だと実感しています。
最後に、大学と連携を検討しているスタートアップへのメッセージをお願いします!
桒田氏▼
大学は、いきなり利害やリターンだけを追求するのではなく、アカデミックな観点から技術の意義を見いだしてくれるので、我々のようにテクノロジーに深く関与していくスタートアップにとっては、とても良いパートナーだと思います。
民間企業では当然「どれだけ利益があるのか」「どれだけリターンがあるのか」という視点が強くなりますが、大学はその技術が将来どのように社会の役に立つのかという点も見てくださる。特に初期段階では、大学で最適なパートナーを見つけることはとても大切な作業だと思います。
まとめ
「実証データがなければ、誰も振り向かない」。
取材中、この言葉が何度も現実味をもって迫ってきました。
ミリ波のように“届けば強いが、現場では届かない”技術ほど、机上のシミュレーションから一歩出た瞬間に課題が噴き出します。だからこそ、実機・実環境での検証が不可欠であり、その場をスタートアップ単独で確保する難しさも痛感しました。
産学連携は、技術検証のためだけでなく、資金調達や事業化の入口を開く信用の足場にもなり得ます。同社がこの足場をどう次の商業化プロセスへつなげていくのか、引き続き目が離せません。
取材先企業:株式会社Visban
- 法人名:株式会社Visban
- 会社ホームページ:https://visban.com/
- CEO・共同創業者:エスビー・チャー
- 設立日:2022年9月
- 主な事業:ガラス基板技術(RF-on-Glass)とAI(人工知能)を活用し、低コストで広範囲かつ安定した高速・低遅延のミリ波メッシュネットワーク「V-Mesh™」を開発・提供





