Case Studies

連携取り組み事例

採択SUによる取り組み

「せん妄」のない医療現場へ。国立がん研究センター発スタートアップ・DELISPECTが描く、AI×産学連携の「実証」と「実装」

はじめに

高齢化が進む日本の医療現場において、入院患者の「せん妄(意識障害の一種)」は、看護師の業務負担増や入院期間の長期化を招く深刻な課題となっています。

この問題に対し、独自の予測AIモデルで解決を試みるのが、2024年に設立された国立がん研究センター東病院発のスタートアップ、株式会社DELISPECTです。

医療AIの開発において鍵となる「質の高い教師データ」をどう確保するか。そして、ビジネス面以外での多面的な役割を担う「大学病院」といかに協業し、現場に実装していくか。

代表の金田賢氏に、筑波大学との連携の背景や、医療現場への導入における「リアルな壁」と乗り越え方について伺いました。

「アカデミア発」の強みを活かし、精神疾患の課題に挑む

まずは、御社の事業概要とミッションについてお聞かせください

金田氏▼

私たちは2024年に設立された、国立がん研究センター東病院発のスタートアップです。もともと病院内で行っていた精神疾患の研究成果を社会実装するためにスピンアウトする形で設立しました。

主力事業として開発しているのは、「せん妄」という意識障害を予測するAIモデル(医療機器)です。

せん妄は、患者さんの認知機能の悪化や認知症への移行リスクを高めるだけでなく、対応する看護師さんの業務負担増や、入院期間の延長による病院経営への悪影響など、多岐にわたる社会課題を引き起こしています。

私たちはAIでせん妄を早期に検知・予防することで、これらの課題を一挙に解決し、医療の持続可能性を高めることを目指しています。

AI開発の鍵「質の高いデータ」を求めて

今回、キャンパスクリエイトが展開する産学連携促進プロジェクト『Univ×SU Innovation Boost』に応募された背景を教えてください

金田氏▼

AI開発において、学習データ(教師データ)の質と量は非常に重要です。私たちは既に国立がん研究センターのデータを使用していますが、より汎用性が高く信頼できるAIを作るためには、多様な施設からの「とにかく質の高いデータ」を多く集めることが必要でした。

そこで、大学病院との強固なネットワークを構築し、共同研究を通じてデータを収集するための支援などを調べていたところ、大学とスタートアップとの産学連携を支援する本プロジェクトを知り、応募するに至りました。

筑波大学とは、具体的にどのような連携を進めているのですか?

金田氏▼

筑波大学とは、AIの学習そのものにデータを使わせていただくという、より踏み込んだ(データの二次利用を含む)共同研究を行っています。

この点は、他の連携病院(熊本赤十字病院など)とは、開発済みのAIが現場で機能するかを確かめる「テスト(検証)」としての共同研究を行っている点で一線を画しています。

もちろん、倫理審査などの手続きは厳格ですが、必要な手順を経て連携することでAIの精度と信頼性をさらに高めることができます。

大学とスタートアップの「Win」をどう合わせるか

アカデミアとの連携において、スタートアップが意識すべきポイントはありますか?

金田氏▼

企業と大学では、「何をもってWinとするか」の定義が異なります。企業はビジネスとしての成功を求めますが、大学側は「社会的な意義」や「学術的な新規性・独自性」を重視します。

私は研究員としてのバックグラウンドもあるのでその点は理解していますが、単に「事業になります」と提案しても響きません。「この研究にはこれだけの学術的価値がある」というロジックをしっかりと組み立て、先生方に共感していただくことが、連携の第一歩だと感じています。

医療現場の「予算構造」のリアリティ。経営層へのヒアリングで見えた現実

研究開発と並行して、ビジネス面での検証も進められていると伺いました。特に印象的な気づきはありましたか?

金田氏▼

病院へのヒアリングを通じて、「予算の構造」に関するシビアな現実が見えてきました。

実は多くの病院では、診療科ごとに予算があるわけではなく、病院全体で一括管理されています。つまり、私たちのシステムを導入するための予算は、外科の手術ロボットや最新の検査機器といった、全く異なる分野の決裁案件と同じテーブルで比較・検討されるのです。

それは非常に高いハードルですね

金田氏▼

「あれば便利」という評価だけでは、手術機器などの直接的に命に関わる「緊急性の高いもの」と同じテーブルで優先順位を争うことになります。

だからこそ、現場の看護師さんたちが「これがないと困る、やる気がなくなる」と声を上げ、経営層(院長など)に熱烈にアピールしてもらえるような、「現場にとってのエッセンシャルな価値」を作り込む必要があります。

単にせん妄が減るだけでなく、それによって現場の疲弊がどう解消され、病院経営にどうプラスになるのか。そのロジックと価格感の適正化が、社会実装の鍵になると確信しています。

現場の実感値をどう高めるか。「予防」ならではの難しさ

現場の看護師さんからの反応はいかがですか?

金田氏▼

機能面ではポジティブな反応をいただいていますが、「予防」ならではの課題も見えてきました。

具体的には、せん妄が「起きなかった」場合、それがAIのおかげなのかどうかがリアルタイムでは分かりにくいという点です。

後からデータを見れば減っていることは分かるのですが、現場の忙しい業務の中で「効果を実感」してもらうための工夫、例えばUI/UXやフィードバックの仕組み作りが、今の重要な開発テーマになっています。

プロジェクト参加で得た「リソース」と「ネットワーク」

『Univ×SU Innovation Boost』に参加して、特に良かったと感じる点はありますか?

金田氏▼

大きく2点あります。

1点目は、研究開発に必要な「費用」の面で大きな支援をいただけたことです。 大学との共同研究には相応のフィー(研究費)が発生します。そのためのサポートいただけたことで、プロジェクトを非常に円滑に進めることができました。

2点目は、大学が持つ「ネットワーク」の広がりです。筑波大学には周辺地域に多くの関連病院があります。今回の共同研究をきっかけに、そうした関連病院に対しても将来的な製品展開や別の研究の可能性を広げることができました。これは、大学病院ならではの大きな強みだと実感しています。

アカデミアは「連携」を待っている

最後に、産学連携を検討しているスタートアップへメッセージをお願いします!

金田氏▼

「大学は直接の『顧客』ではない」と、連携の対象として見ていないスタートアップも多いかもしれません。

しかし、アカデミアの方々は、自分たちの研究シーズを社会に役立てたい、外部と連携したいという潜在的なニーズを実は持っています。

「彼らも求めている」という前提に立って、学会やイベントなどで積極的に声をかけてみてください。お互いの「Win」が噛み合えば、単なる顧客以上の強力なパートナーになり得るはずです。

まとめ

「医療の持続可能性」という大きな問いに対し、AI技術と現場視点の両輪で挑む同社。

筑波大学との連携による「データ基盤の強化」と、徹底したヒアリングによる「ビジネスモデルの磨き込み」。この2つを同時に進める金田氏の姿勢からは、研究開発型スタートアップが死の谷を越え、社会実装を果たすためのヒントが詰まっていました。

「せん妄のない病棟」が当たり前になる未来に向けて、産学連携が生み出すイノベーションに、今後も目が離せません。

取材先:株式会社DELISPECT

  • 法人名:株式会社DELISPECT
  • 会社ホームページ:https://www.delispect.com/
  • 創業者・代表取締役:金田 賢
  • 設立日:2024年9月
  • 主な事業:せん妄発症予測・予防AI医療機器「DELISPECT」の開発