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「企業の課題」を「学生の学びに」―Z世代のリアルが東急バスを動かした、産産学連携の舞台裏

はじめに

企業が抱えるリアルなビジネス課題は、学生にとってかけがえのない学びの場となり、学生の率直な声は、企業にとって何よりも価値あるマーケティングデータとなります。けれども、その両者が交わる機会は決して多くありません。

今回ご紹介するのは、その貴重な機会を「産産学連携」という形で実現した、東急バス株式会社(以下、東急バス)、神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科髙井ゼミ(以下、神奈川大学)、そしてRYDE株式会社(以下、RYDE)の三者による挑戦の物語です。

「若年層のバス利用者を増やしたい」という東急バスの課題と、「学生にビジネスの現場を体験させたい」という神奈川大学の教育ニーズ。両者の思いを、モビリティプラットフォーム「RYDE PASS」を運営するRYDEがファシリテーターとして結びつけたとき、そこからどんな価値が生まれたのか。

今回は、RYDEのチーフオブスタッフであり本プロジェクトを担当された原田智彦様に、その舞台裏を伺いました。

交通の「当たり前」を再定義する、RYDEの挑戦

RYDEは、バスや鉄道といった地域交通のデジタル化を推進するスタートアップです。スマートフォンアプリ上で交通チケットの購入から利用までを完結できるプラットフォーム「RYDE PASS」を提供しています。

従来のICカードシステムと共存しながら、ソフトウェア中心で柔軟な仕組みを構築することで、交通事業者のDXを支援し、利用者にとってよりシームレスな移動体験の実現を目指しています。

すべての原点―交通の「デジタル化の遅れ」を解消したい

御社の事業内容についてお聞かせください

原田氏▼

私たちが取り組んでいるのは、バスや鉄道といった、いわゆる「二次交通」のデジタル化です。特に地方では、未だに現金でしか支払えなかったり、柔軟な企画券の販売が難しかったり、デジタル化が大きく遅れているのが現状です。その背景には、ICカードの場合、料金の改定や追加に技術的な対応期間をいただく必要があります。

当社が提供する「RYDE PASS」は、QRコードなどを活用したソフトウェア中心の仕組みが特徴です。これにより、事業者様はスピーディーに導入することができます。とはいえ、ICカードにもたくさんのメリットがあるので、片道乗車券のような日常利用はICカード、そして交通事業者様がより売り上げを伸ばしていくための企画券は「RYDE PASS」で、というように、それぞれの強みを活かした共存が可能だと考えています。

とてもニーズのある取り組みですね。事業の原点は何だったのでしょうか?

原田氏▼

私たちの事業の原点には、これまで数多くの交通事業者様と向き合う中で耳にしてきた“現場の声”があります。前職を含め、交通事業者様からはしばしばこうした声をいただきました。

「eコマースの世界には誰もが利用できる中立的なプラットフォームが数多く存在するのに、交通の領域には同じような仕組みがない。もし交通の現場にもそうした仕組みがあれば、とても助かるのに」

この切実な声に弊社代表の杉﨑が着目し、「ならば自分たちが形にできないか」と考えたことが、事業立ち上げの出発点となりました。

偶然の出会いが繋いだ、三者三様の「思い」

今回、東急バス様、神奈川大学様との連携に至った経緯についてお聞かせください

原田氏▼

今回の取り組みは、実は幾つもの偶然が重なったことから始まりました。弊社は以前より、観光客へのモラル啓発などに取り組まれている一般社団法人ツーリストシップ様と交流があり、同社は神奈川大学様をはじめとする多くの大学とのつながりをお持ちでした。今回の連携も、そうしたご縁から生まれたものです。やりとりを進める中で、神奈川大学の先生より「学生に在学中からリアルなビジネスに触れる機会を提供したい」とのお話を伺い、私たちに何かお手伝いできることはないかと模索し始めたことが、今回の取り組みの出発点となりました。

そこから、どのように東急バス様との連携に繋がっていったのでしょうか?

原田氏▼

ちょうどその頃、私が担当していたクライアントの東急バス様が、「RYDE PASS」を活用したさまざまな取り組みの中で、次の目標として「若年層の利用者をさらに増やしたい」と掲げていました。そこで私たちは、「この機会に学生のリアルな視点で販促企画を考えてもらうのはどうだろうか」と発想し、両者をつなぐ役割を担いました。

神奈川大学様の「教育」への想いと、東急バス様の「ビジネス」における課題、そしてそれをデジタルで実現できる私たち。三者それぞれの思いが、同じ方向へと重なり合うのではないかと感じたのです。

Z世代の「リアル」を引き出す、プロジェクトの舞台裏

具体的にプロジェクトは、どのように進められたのでしょうか?

原田氏▼

東急バス様が夏季に販売する企画券の「販促」を、学生の皆さんと連携して行うことになりました。具体的には、学生さんに販促のアイデアを考えてもらうとともに、そこに必要な知識や考え方、ブレインストーミングを行うためのワークショップを当社主導で実施しました。

文化もスピード感も異なる三者が連携する上で、どのような役割を意識されたのですか?

原田氏▼

数字や成果を追い求めるというより、学生にとってのビジネス体験、経験の意味合いが強いプロジェクトだという前提で取り組みました。前提知識がない中で、突然学生に成果を求めることは難しいですからね。

全体のスケジュールや目標設定といったアウトラインは当社であらかじめ用意をしておき、学生の皆さんにとってアイデアを出しやすい環境を作ることに注力しました。例えば、いきなり意見を求めるのではなく、まずは付箋にアイデアを書き出してもらったり、参考になるSNS投稿を集めてきてもらったり…そうしたプロセスを通じて、彼らのリアルな感覚を引き出すことを目指しました。

驚いたのは、彼らにとっては「切符」という言葉すらピンとこない、というような感覚の違いです。そうしたZ世代の「当たり前」を知れたことは、私たちにとっても大きな学びでした。東急バス様にも今回のお取り組みに全面的にご協力いただき、特に「過去のやり方を捨てて、新しいことに挑戦しよう」というマインドセットのもと、学生たちのアイデアを喜んで受け入れてくださったことも印象的です。

プロジェクトが生んだ成果と、三者それぞれの「学び」

この連携を通じて、どのような具体的な成果がありましたか?

原田氏▼

具体的な成果物としては、学生たちが発案したデザインとキャッチコピーを元にしたポスターを制作です。それらをバス車内や駅に掲示し、広報活動に取り組みました。実は、これまで東急バス様ではキャラクターをモチーフとしたデザインがメインだったのですが、今回はガラッと雰囲気を変えて、当時のトレンドを意識したデザインとしています。

また、InstagramやX(旧Twitter)でのSNS投稿も、彼らのアイデアを元に実施しました。定量的な成果としても、前年と比較して利用者は微増しており、データで振り返りを行った際も、取り組みの成果は確認できました。

三者それぞれにとって、どのような「学び」があったと思われますか?

原田氏▼

東急バス様は振り返りの場として学生を営業所に招き、ドライバーの申し送りの様子や車庫のバスを見学させるなど、若者と直接交流する機会を設けてくださいました。その中で、世代を超えた交流の価値を改めて実感いただけたように思います。

一方、神奈川大学の学生にとっては、交通インフラの裏側に触れることができる、かけがえのないビジネス体験となりました。

そして私たち自身にとっても、Z世代のリアルな感覚に触れられたこと、さらに自分たちだけでは解決できない課題を異分野のネットワークとともに乗り越える面白さを体感できたことが、大きな学びとなりました。

未来への展望と、読者へのメッセージ

今回の学びを、今後どのように活かしていきたいですか?

原田氏▼

私たちは単にプロダクトを提供するだけでなく、交通事業者様が抱える課題そのものを解決したいと考えています。今回の取り組みを通じて、学生との横のつながりを活かせば、私たちだけでは実現できない課題にも幅広く挑戦できることが分かりました。今後は、このような取り組みモデルを都心にとどまらず地方にも展開することで、さらに可能性を広げていけるのではないかと考えています。

最後に、これから産学連携を考えている読者へのメッセージをお願いします!

原田氏▼

産学連携というと、どうしても重厚長大なプロジェクトをイメージしてしまいがちですが、私は「まずカジュアルにやってみる」ことが非常に大事だと思っています。最初から完璧な成功を描くのは難しい。多少、目標があいまいだったとしても、まずはできることからやってみる。そのプロセスの中で、必ず得られる「学び」があるはずです。やらないよりは、まずやってみること。その気持ちが、新しい価値を生む第一歩になるのではと考えています。

まとめ

東急バスの抱える「企業課題」は、神奈川大学の学生にとってかけがえのない学びの機会となり、学生の新鮮な感覚は、東急バス社にとって今後の事業を考える上での貴重なインサイトとなりました。

この成功の背景には、学生に実践的なビジネス体験を提供したいという大学教授の「熱意」、慣習にとらわれず新たな挑戦を受け入れた東急バス社の「先進性」、そして両者の想いを具体的な形に結びつけたRYDE社の「ファシリテーション力」がありました。三者三様の目的が互いの価値につながったこの事例は、今後の産学連携を導く一つのベストケースといえるでしょう。

取材先:RYDE株式会社

  • 法人名:RYDE株式会社
  • 会社ホームページ:https://ryde-inc.jp/
  • 代表取締役:杉﨑 正哉
  • 設立日:2019年9月
  • 主な事業:二次交通に特化したモビリティプラットフォームRYDEの企画・運営