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創業時は想像もしていなかった未来へ。 東北大学との連携による成果とメリットに迫る

はじめに

自社の事業成長にあたって、産学連携は想定していない――そんなスタートアップ企業も少なくないでしょう。ストーリーライン株式会社(以下ストーリーライン)も、創業時はまったく視野に入れていなかったそうです。

しかし今では、「産学連携が会社の礎」と岩井社長は語ります。東北大学との共同研究で独自技術を開発するまでの歩みと、これからを見据えた展望。産学連携を通じて着実に前進してきた事業者のリアルな声は、これから大学との連携を考えるスタートアップ企業にとって、多くのヒントが詰まっています。

コーヒー生産地のインフラを目指して

「ディープテックで持続可能な未来をデザインする」をミッションに掲げ、テクノロジーとデザインの力で社会課題の解決に挑むストーリーライン。高品質デカフェの生産とカフェインレス市場の拡大を両輪に、事業を展開しています。今回は同社代表の岩井社長に、東北大学との産学連携に至った背景、共同研究で得られた成果、そしてスタートアップ企業が産学連携に取り組むメリットについて伺いました。

まずは御社の事業紹介をお願いいたします

岩井社長▼

当社は、昨今のコーヒーの高品質化や健康志向ムーブメントに見合ったデカフェが存在しない点に着目し、供給側と消費側のそれぞれが抱える課題の解決に取り組んでいます。将来的には、各コーヒー生産地のインフラのような存在になることを目指しています。

創業翌年の2019年には東北大学大学院工学研究科と契約を結び、共同研究開発を始めました。”ZEN Craft Decaf Process™”*は超臨界二酸化炭素抽出法*をベースに開発した、独自のカフェイン除去技術です。

デカフェと聞くと、味にネガティブなイメージを持つ方も少なくありません。しかし、豆へのダメージを最小限に抑えた当社の独自製法を用いると、カフェイン抽出後も豆本来の成分を保持できます。その結果、原料豆と比較しても遜色がない、おいしいカフェインレスコーヒーが提供できるのです。

また、2022年にはビジネス顧客をターゲットにした実証店舗「CHOOZE COFFEE」を日本橋にオープンしました。同店ではすべてのドリンクでカフェインの量をレギュラー、ハーフ、デカフェの3種類から選べるようにしています。

一部の限られた需要しかないように思われたカフェインレスコーヒーですが、CHOOZE COFFEEでは約45%のお客様がデカフェあるいはハーフを注文しているんです。この実証店舗を通して、需要サイドの潜在的な市場が明らかになってきました。

超臨界二酸化炭素抽出法とは?

二酸化炭素に一定の温度と圧力をかけて「超臨界状態(気体と液体の両方の性質をもつ状態)」にし、その状態のCO₂を使って、物質から特定の成分だけを選択的に取り除く方法です。化粧品の原料や香料、サプリメントなどの原料になる有効成分抽出にも使われており、 品を使わずに成分を分離できるため安全性が高いことが特長です。

この技術をコーヒーに応用すると、コーヒー生豆からカフェインを選択的に抽出できるため、高品質なデカフェ作りに適しています。    

事業継続のための選択肢は、ほかになかった

東北大学との産学連携は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?

岩井社長▼

実は、創業当初は別の事業者との協業を想定していました。ところが、相手方の健康上の理由ですべてが白紙になってしまったんです。廃業の二文字が頭をよぎる中、「超臨界」をキーワードにいろいろな人へご相談しました。そうしてたどり着いたのが、超臨界流体工学が専門で、現在は当社の技術顧問も務めている東北大学の渡邊 賢教授でした。

当時、東北大学ではコーヒー豆のカフェイン抽出には取り組んでいませんでした。しかし、渡邊教授の「ぜひやってみましょう!」の一言で話が進みました。ほかに選択肢がなかった当社としては、本当にありがたかったです。

大学との連携において、難しさを感じた場面はありましたか?

岩井社長▼

共同研究契約を結ぶまでが一番難しかったというか、大変でしたね。というのも、私たちは創業時から産学連携や共同研究を見据えていたわけではなかったので、その辺りの知識がなかったのです。共同研究の進め方も、金銭的なことも、契約内容も、最初はすべて手探り状態でした。

連携してからも、最初の頃は研究が思うように進まないことに難しさを感じることもありました。当時は当社側に技術者がおらず、すべてを研究室に任せざるを得ない状況でした。しかし、大学の投資会社である東北大学ベンチャーパートナーズからシード調達ができたことをきっかけに、研究開発が加速していきました。

産学連携によって開発された独自の高品質デカフェ製法

産学連携によって得られたこれまでの成果について教えてください

岩井社長▼

主な成果としては、冒頭でも申し上げたZEN Craft Decaf Process™が挙げられます。超臨界二酸化炭素法が品質維持の観点で最適なカフェイン抽出法であることは、業界内では有名な話です。当社は東北大学との共同研究によって、さらなる品質向上を実現しました。

従来技術と大きく異なるのは する点です。ダメージが最小限に抑えられるので、歩留まりがいい。つまり、豆本来の成分や風味を損なわずに、均質で高品質なデカフェの生産が可能になったのです。     

さらに、当社の製法ではカフェイン抽出率の調整も可能になりました。二酸化炭素の流量や時間を調整するだけで、カフェインを30%や50%抽出した豆を小ロットから生産できます。日本橋の店舗やほかの実証実験での統計結果からカフェインレスコーヒーのニーズが明らかになっている中、こうした技術をどんどん活用していきたいです。

コーヒー産業の発展に寄与していく

現在はどのようなことに取り組まれていますか?

岩井社長▼

私たちは生産フェーズを3段階で考えているのですが、いまはちょうどフェーズ1からフェーズ2への移行期に差し掛かっています。現在はまだ少量生産しかできていませんが、フェーズ2の生産目標は国内で年間50トンです。それに向けて、当社側では主に機材開発と品質管理、大学側では効率化に取り組んでいます。

カフェイン抽出に必要な二酸化炭素はコストがかかります。今後量産体制を整えていくうえで、より少ない二酸化炭素でのカフェイン抽出による効率化はとても重要です。大学側とは常に密なコミュニケーションを取りつつ、ときに役割分担をしながら研究開発を進めています。

今後の展望についても教えてください

岩井社長▼

まずは先ほどお話しした生産フェーズ2への移行です。実は日本橋の実証店舗のほかにもカフェインコントロールができるカフェをプロデュースしているほか、大手企業と協業でヘルスケア事業の実証も開始しています。国内での量産体制を整備しつつ、潜在ニーズを掘り起こしながらカフェインレス市場を拡大させていきたいです。

その後は2029年のIPOと、海外工場の設立を目指しています。設立先はこれから決める予定ですが、ご縁があったルワンダでは現地に機材を持ち込んで実際にデカフェ実験をしたり、生産者や事業者、政府関係者とも直接意見交換をしたりもしました。

今後も、産学連携によって開発した独自技術をもとに、高品質デカフェのニーズに応えながらコーヒー産業の発展に寄与していきたいと思います。

産学連携が会社の礎に

あらためて、スタートアップ企業が大学と連携するメリットについてどのようにお考えですか?

岩井社長▼

最先端の研究に触れられるのは、大きなメリットですね。研究室のネットワークで特定の分野に精通した人を紹介してもらえたり、最新の情報を得られたりするのも産学連携ならではだと思います。

また、当社は東北大学のブランド力にもあやかりながら、東北大発のスタートアップ企業として仙台市や宮城県、県内の金融機関など多くのみなさまにご支援いただいています。大学発の企業として周辺地域に認知されるのも、産学連携のメリットです。

スタートアップ企業には行政からどのような支援が必要だと思いますか?

岩井社長▼

一番は、補助金ですね。特にディープテックは、事業が軌道に乗るまで多くの時間とお金がかかります。研究開発のフェーズ資金を補うための補助金は、多くのスタートアップ企業の助けになると思います。

最近は増えていますが、海外で展示会や商談会の機会をいただけるのもありがたいです。過去には、現地で興味がありそうな事業者を主催者が連れてきてくださる商談会にも参加しました。当社のようにグローバルで事業展開をしようとしている企業にとっては、現地のコネクションを得られる機会は将来への足掛かりにもなるため、とても重要です

最後に、大学との連携を検討しているスタートアップ企業の担当者にメッセージをお願いします

岩井社長▼

創業時に産学連携を想定していなかった当社は、右も左も分からないまま共同研究を始めました。しかし、いま当社にあるものは、そのほとんどが産学連携によって得られたものだと言っても過言ではありません。そのくらい、産学連携が当社の礎になっています。

スタートアップ企業が自分たちだけで研究開発を進めるのは容易ではありません。仮に研究者や技術者が見つかったとしても、場所や設備など環境面の問題が出てくると思います。これまで世の中になかったものを生み出そうとするときこそ、大学との連携を考えてみてはいかがでしょうか。

まとめ

産学連携と聞くと、どこかハードルが高く感じられるかもしれません。しかし、専門的な知識がなくても、熱意と行動力があれば道は開ける――ストーリーラインの取り組みからは、そんな可能性が伝わってきました。「最初は何も分からなかった」と語る岩井社長の言葉には、試行錯誤のリアルがにじんでいます。大学との連携による価値やメリットをあらためて感じさせられる取材でした。

取材先:ストーリーライン株式会社

  • 法人名:ストーリーライン株式会社 (STORYLINE Inc.)
  • 会社ホームページ:https://storyline.co.jp/
  • 代表取締役:岩井 順子
  • 設立日:2018/7/13
  • 資本金:5,891万円
  • 主な事業:カフェイン除去技術の開発、コーヒーの輸入販売 、店舗運営